画像認識技術で”山梨特産”を守る
モモシンクイガという聞き慣れない虫が、山梨県の桃生産農家に大きな被害をもたらしたのは、2010年夏のことである。主要な輸出先だった台湾の検疫で果実からその幼虫が見つかり、同国への輸出が一時停止になってしまったのだ。
幼虫の体長はわずか数㎜、果実表面にできる食入孔にいたっては0.1㎜という世界で、目視検査には限界があった。頭を痛めた県から、画像認識技術に定評のある小谷信司教授に自動検出装置の開発依頼があったのは、そんないきさつからだ。
「画像認識といっても、私がそれまで相手にしてきたのは可視光で、物体の内部を見るというのはやったことがない。だから最初は『経験がありません』とお断りしたんですよ。でも事情を聴くにつけ、何かできないものか、と。そこで、試しに医学部でX線の装置を借りて映してみたら、おぼろげながら虫の跡が見えるんですね。じゃあ挑戦してみようと、メカの専門家である同じ学科の寺田英嗣先生と組んで、研究を始めたのです」
本格的な開発に着手したのは、農林水産省の「ロボット技術開発実証事業」として約6000万円の研究開発費が認められた15年春から。同年末に東京で開かれた「国際ロボット展」には、100%の検出率を実現した「モモシンクイガ検出システム」試作機の出展にこぎつけた。同展示会で、国内の関係者のみならず海外の参加者からも注目を浴びたのは、その実用性の高さゆえだろう。
例えば、ひとくちに桃といっても、いろいろな種類がある。熟し方も様々だ。「特に問題になるのは水分量。水分量の差が処理結果に影響を画像認識技術で“山梨特産”を守る与えてしまう。そこで桃の種類や状態によって、X線の電圧、電流を簡単に調整できるようにしたんです。これなら同じ害虫の被害にあっている、りんご、梨、すももなどにも活用できるし、種なし柿の種が本当にないのか、といった検査にも応用可能です」
課題は、現在1個当たり20秒ほどかかる検出時間のスピードアップと、果実の表皮に産みつけられた卵や、ふ化したてのより小さな幼虫も見つける、さらなる精度の向上だ。
「『減農薬で虫もいない』というのは、国内向けにもブランド化の大きな武器になるはず。3年後には商品化を果たし、頑張っている農家のみなさんの収益アップに貢献したいですね」
障害を持つ人と社会をつなげたい
小谷教授が学生時代からずっと研究を続け、博士号の論文にもしたのは、「視覚障害者を外出時に安全に誘導するロボット」だった。歩道や信号、あるいは車など様々な“危険物”を認識し、目的地までナビゲートするのである。
脳性マヒによる重複肢体不自由児に向けた「視線によるコミュニケーションシステム」の開発にも取り組んだ。手足も指も動かせず声も出せないが、視線だけは動く。ディスプレイに映る文字盤の文字を注視して文章がつくれる、というこの装置によって、外部にその意思を自発的に伝えることが、初めて可能になった。
「現在進めている“モモのプロジェクト”が終わったら、またあの研究に戻りたい」と小谷教授は話す。
「現状では、装置は大がかりで高価でもあり、家庭に入れるのには負担が大きいのです。iPhoneで操作できないか、というのが今、頭の中にあるテーマ。これが実現できれば、親との意思疎通さえ困難な子供たちの生活を一変させることができるはず。他者とのコミュニケーションを可能にするだけではなく、テープ起こしのような収入を得るための道を開くことで、『自分も社会の重要な一員なのだ』と自信を持ってもらいたい。それが夢です」
研究者として今も胸に刻むのが、大学の恩師である森英雄教授の「人の役に立つものをつくりなさい」という言葉だという。「『困ったことがある』というニーズに対して、自分の知識や技術を総動員し解決を図っていく、というのが私のスタイル。これからも“研究のための研究”ではなく、社会に還元するためのものづくりに力を尽くしていきたいと思っています」
小谷信司
教授 博士(工学)
こたに・しんじ/1962年、東京都生まれ。86年、山梨大学工学部卒業。88年、同大大学院工学研究科修士課程修了後、横河電機株式会社入社。92年、山梨大学工学部助手。2004年、筑波大学にて博士(工学)取得。06年、山梨大学大学院医学工学総合研究部助教授。12年、教授に。現在に至る。
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