研究者は常に社会の動向に目を向け、全体最適シナリオを模索し続けるべき
私は、北海道大学工学部の資源開発工学科、要するに鉱山開発を研究するセクションの出身である。卒業したのは1985年だが、当時の大学では、3年生の夏休みに1カ月以上企業活動の現場に入る教育実習が義務づけられていた。今でいう長期インターンシップである。
私が選んだのは、今は閉山したが「北炭(北海道炭礦汽船)幌内炭鉱」だった。その地下1キロの坑道で社員の方から聞いたのは、「この炭鉱では、7年ほど前に、24名が亡くなるガス爆発事故が起こった。12名の行方不明者がいるなか、石炭の延焼を食い止めるために坑道に注水するという苦渋の選択をし、最後の遺体が収容され、その後再開するのに1年以上要した」という壮絶な話である。当時、北海道や九州の炭鉱では、こうした事故が後を絶たなかったのだが、そうまでして獲得しなければならないエネルギーの重要性というものを、私はそこで肌で感じることができた。資源エネルギー庁のある通産省(当時)に入ったのは、その経験があったからにほかならない。
学生が在学中に社会の空気に触れることには、大変重要な意味があると思う。しかし、残念ながら現在、私が経験したようなインターンシップを必修にする制度はなくなったと聞いた。大学の先生が多忙になり、学生の受け入れ先を探すことが困難になっているからだという。大学教育改革は進展をみせているが、かつてのほうが産学の密接につながる局面もあったという現状は、やはり問題ではないだろうか。
そうした状況に一石を投じる制度として動き始めたのが、2014年1月に設立された一般社団法人産学協働イノベーション人材育成協議会の「中長期研究インターンシップ」である。
具体的には、理系の修士・博士課程在籍者を対象に、企業の研究現場で2カ月以上のインターンシップを行う。
この制度のポイントの一つは、従来にも増して企業側の理解と協力を引き出す仕組みになっていることだ。先ほども述べたように、インターンシップの意義は理解していても、大学側の負担の大きなことが促進の妨げになっている。他方企業の側からは、従来のように会社に入ってからトレーニングを積むというのではなく、相応のスキルを身につけた学生を送ってほしいというニーズが高まっている。ならば企業に資金や受け入れ態勢などの面でしっかりとフォローしてもらうことで、欲するような人材を共に育成していきましょう、という発想をベースに制度設計されているのである。
企業は、幅広い大学、学生から専門性の高いインターン生を受け入れることができることに加え、大学研究室との連携の可能性に道が開かれる。他方、大学にとっては、社会ニーズを踏まえた実践的な教育と、グローバル化に対応したカリキュラム検討などに生かすこともできるはずだ。派遣先は、現在のところ主に研究職だが、知財部、新製品開発を目指す新規事業部、あるいは企業活動全体を俯瞰するオープンイノベーション部門なども対象だ。
制度を利用した学生からは「進路の選定にとても役立った」といった声が多数寄せられており、実際に派遣先の新規開発に貢献した事例も生まれている。イノベーション創出人材の育成に向け、経済産業省としても全力で支援していきたい。
1985年、北海道大学工学部資源開発工学科卒業後、
通商産業省(現経済産業省)入省。在クウェート日本国大使館、
日本貿易振興機構ロンドンセンター次長、経済産業省石炭課長、
同省大学連携推進課長などを経て、2015年 同省技術総括審議官。
徳島県出身。
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