優秀な研究者の活躍機会を増やす、
「クロスアポイントメント制度」
大学の研究成果を、実社会で役立つ製品、サービスにつくり上げていくうえで、“産学”の連携が重要な意味を持つことは、論をまたない。ただし、それが“常識”になったのは、わりあい最近のことでもある。私が産学連携にかかわる仕事に携わるようになったのは15年ほど前のことだが、当時はアカデミアの側に、その用語に対する反発がまだ相当あった。神聖な“学”が、挙国一致の名の下に“産”に組み込まれ、軍国主義の片棒を担がされたという認識が強く残り、企業と距離を置くことは、研究者にとって一種のステータスでさえあったのだ。
そんな時代を乗り越え、産学連携が大学のミッションとして位置づけられるようになったことの意味は、極めて大きい。しかし、同時に産学連携はあくまでもツールであって目的ではない。我々“官”には、形だけを整えるのではなく、それを“やりたい人”“必要としている所”が適切に活用できるような、実効ある仕組みづくりが求められている。
今回は、経済産業省と文部科学省が導入した「クロスアポイントメント制度」を紹介したい。大学や研究法人などに在籍する研究者は、一つの組織に縛られることにより、外を見る機会が限定されがちだ。そうした状況を打破し、優秀な研究者が大学、研究機関、企業の壁を越えて、複数の場所で活躍できる環境を整備することが目的だ。
“壁を越える”うえで大きなネックになっているのは、研究者の“身分”の問題だ。制度の対象として想定されているのは、ある機関に在籍しつつほかの機関に出向する“在籍型出向”である。この場合、「従来は出向先から給料をもらうのだから、100%そこにエフォート(従事比率)を費やしなさい」という職務専念義務を課せられるのが普通だった。これでは、両機関の連携を図ることにはなりにくい。
そこで、新たな制度では、例えばエフォートを出向先7対出向元3のように、両者の協定によって自由に設定できるスキームを確立した。ちなみに、給与はどちらかが一括で支払い、他方がその超過負担分を相手に補てんする方式を採用することで、医療保険・年金や退職金などが出向する研究者にとって不利にならないよう、工夫もされている。研究者は、より自由にそして安心して、両機関で求められる研究に従事できるわけだ。
この制度を利用することで、例えばITと新素材など材料関係のコラボレーションによる効率的な素材開発や、ウエットな研究とドライなマシナリー的研究の本格的な融合が促進されるのではないかと期待している。付け加えれば、産学連携の目的は、製品開発にとどまるものではない。広い視野を持った人材育成も大きなメリットで、その意味でも多くの人たちに活用されることを望みたい。
現在のところ、実際に成約に至ったのは、大学の研究室間がメインで、大学と公的研究機関である産業技術総合研究所などとの連携も進みつつある。画期的な制度なのだが、正直なところ、まだ現場でその中身が十分理解されたという状況にはない。今後は、企業との協働も念頭に置きながら、一層のPRに努めるのが、我々“官”の任務だと認識している。
1985年、北海道大学工学部資源開発工学科卒業後、
通商産業省(現経済産業省)入省。在クウェート日本国大使館、
日本貿易振興機構ロンドンセンター次長、経済産業省石炭課長、
同省大学連携推進課長などを経て、2015年 同省技術総括審議官。
徳島県出身。
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