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【大学研究室Vol.12】医学部側の研究者が驚くような脳の可塑性を理工学部側から逆提案

注目の大学研究室

慶應義塾大学 理工学部
リハビリテーション神経科学研究室
准教授 博士(工学) 牛場潤一

テクノロジーで、脳の可塑性を高める

現在、脳卒中などの脳血管疾患の国内患者数は100万人を超え、それに伴う医療費は年間2兆円に迫る勢いだ。

脳血管疾患の怖さは、脳細胞の壊死に伴う後遺症にある。一命を取り留めたとしても、手足などに麻痺が残るケースが多く、いわゆる〝寝たきり患者〞の約4割が脳卒中の後遺症によるといわれている。彼らの身体障害を軽減することは、生活の質の向上や医療費低減などの面からも我が国の喫緊の課題だ。この問題に対し、新しいアプローチで研究に取り組んでいるのが、慶應義塾大学理工学部准教授を務める牛場潤一氏である。

「昨今の研究で、成人の脳にも思った以上に〝可塑性〞があることがわかってきました。そうした脳の柔軟性を科学し、ロボティクスや情報通信などのテクノロジーを駆使しながら、脳にダメージを負った患者の医療やリハビリに応用する研究を行っています」

牛場氏によると、「病気などで傷ついた脳でも、条件が整えば新しい物事を学習できる点に着目。半身不随になった祖父のために新しい治療法を見つけることができるのではないかと考えた」ことが研究の発端だという。そこで牛場氏の研究室では、人間の運動や感覚がどう形成されて機能しているか、脳や筋肉が発する電気活動を計測して分析、それを応用することで身体障害の原因となる神経系の異常を特定する手法を開発している。また、脳と情報機器をつなぐオリジナルの「BMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)」も開発。医療機関などと連携し、新たな医療・リハビリシステムの構築を目指している。

「脳細胞の一部が壊死して手指が動かなくなっても、〝動け〞という意志は持てます。その時に発する脳波を正確に捉え、それに反応して動作するBMIを制御。患者の手指の筋肉の動きを繰り返しアシストすると、その動きが脳に伝わり、失われた脳細胞の周辺の神経に、新たに〝動け〞という指令を出す機能が形成されます。すると徐々に、BMIを使わなくても、ある程度は手指の動きをコントロールできるようになる。このように、テクノロジーを駆使したリハビリシステムによって脳の可塑性を引き出し、患者の機能回復に役立てたいのです」

次世代医療の主役、それは〝理工学〞だ

同研究室が目指すリハビリシステムの構築には、「脳を知る(科学)」「脳の状態を測る(計測)」「脳の状態を適切に変更する方法を見つける(制御)」「それらを医療品質で実現する技術を開発する(工学)」という4分野の研究を積み重ね、それぞれを統合しなければ実現しない。牛場氏は、医学や神経科学、脳科学の純粋な専門家ではないが、「だからこそ、新たな視点でアプローチできる」と胸を張る。

「運動障害や感覚障害の原因が完全解明されたわけではありませんが、神経のネットワークは、外界や身体からの情報を処理し、それに応じて運動を行うという一つのシステムです。例えば、〝状況変化に応じ、関節を動かしてものを掴む〞という一連の流れは、理工学でいう『ダイナミカル・システム』に相当します。脳の治療にはこのダイナミクスを評価する必要があり、そこでは制御工学など理工学の知見が生きてくる。その観点から切り込むことで、従来の医学では実現できなかった新たな突破口が開けると考えています」

牛場氏の取り組みは、医学や脳科学、神経科学、リハビリ医療といった既存分野を〝理工学〞で融合する新しい試みで、時に「まだまだ学際の域」と揶揄されることもあるが、「将来は、このリハビリシステムを脳血管疾患治療の主流の一つにしたいと本気で思っています」と話す。

「テクノロジーが加速度的に進歩していく将来、理工学が医療を先導する時代が到来すると信じ、学生にも発破をかけています。だからといって、〝技術〞に偏った研究は禁物。私たちが開発しているBMIはあくまでも一デバイスですから、例えば、手術や薬の処方と同様に、〝テクノロジーの用量、用法〞までを医療やリハビリシステムの設計に組み込むなど、〝サービス化〞を視野に入れ、普及に弾みをつけたいと考えています」

「青春時代は人工知能と人の脳の勉強に明け暮れた」と牛場准教授。その当時「人間の脳には機械にはない柔軟性がある」と気づいたことが研究の原点だという

注目の研究

同大学医学部リハビリ科やパナソニックなどのメーカーと共同開発しているBMI機器。
頭部のヘッドセットが、脳が運動指令をつくりだす様子をモニタリングし、手指などに装着するロボティックデバイスが、手指が動く際に発生する体性感覚を増幅させる仕組みだ。これらが患者の随意的な運動訓練をアシストするため、運動に必要な正しい神経活動パターンを脳が再学習し、機能回復をもたらしてくれる

牛場 潤一
准教授 博士(工学)

うしば・じゅんいち/1978年、東京都生まれ。2004年、慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻後期博士課程修了。その後、同大助手、専任講師を経て、12年、准教授。14年、同大基礎科学・基礎工学インスティテュート主任研究員。文部科学大臣表彰若手科学者賞、中谷賞奨励賞、フロンティアサロン永瀬賞特別賞など受賞多数。

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