〝ファクト〞には何の意味もない。
境界、物質という概念を破壊し、人類の価値観を変える体験を
最先端のデジタルテクノロジーを駆使した斬新なアート作品を生み出し続ける〝ウルトラテクノロジスト集団〞「チームラボ」。代表を務める猪子寿之氏が東京大学卒業時に、仲間とともに立ち上げた企業である。発表するアート作品は特に海外から高い評価を受け、現在、韓国、シンガポール、アメリカなどで常設展を構えるほどの人気ぶりだ。また、今年の1月日からロンドンのPace Londonで1カ月半にわたって開催された個展のチケットは、発売2日後にソールドアウト。国内での評価、知名度もうなぎ上りで、昨年は「チームラボアイランド 踊る!美術館と、学ぶ!未来の遊園地」や「DMMプラネッツ Art by team Lab」などが大きな話題となった。アイデアとテクノロジーを武器に、新しい世界の創造に挑み続ける猪子寿之氏の素顔に迫った。
境界を曖昧にすれば新しい世界が見えてくる。
アイデアを具現化することはアイデアを思いつくことより格段に難しい。「こんなサービスがあれば便利なのに」と考えた経験は誰しもあるだろう。しかし多くの人はアイデアを突き詰めることなくそのまま放置して忘れてしまう。いつの時代も社会を前進させ変革する画期的な成果を残すのは発想したアイデアを実行に移し具現化したほんの一握りの人々だ。
科学史上に残る革命的な大発見も同様だ。アイザック・ニュートンはリンゴが木から落ちる現象を不思議に思いその着想をヒントとして「万有引力の法則」を発見したと言い伝えられている。もちろんニュートン以前にも同じような疑問を抱いた人間はたくさんいたはずだがニュートンだけがそのアイデアを突き詰め結果として科学を大きく進歩させる画期的な理論の構築に成功した。つまり進歩にはアイデアだけではなくそれをかたちにする〝行動〞が不可欠なのだ。
チームラボは、ときに〝奇想天外〞と評される数々のアイデアを、テクノロジーを駆使することによって具現化し、新たな世界の創造に挑み続けている。例えば、アパレルショップでハンガーにかかった服を手にとると、センサーが作動してショップ内のディスプレイ上にその商品を着用したモデルの写真や動画が映し出される販売促進システム「チームラボハンガー」は発表した途端業界内外から大きな注目を集めた。また書家の紫舟氏とコラボレーションした日本の「書」の世界観を3D映像で表現したアート作品は世界中から高い評価を得ている。
またチームラボがデザインと設計を手がけたDMM.com社の新オフィス(2017年3月に稼働)ではエントランスエリアに設置した一面の透過型ディスプレイにデジタルアートの滝を映し出し滝に近づいた人を感知して流れを変える演出のほか、会議室エリアでは種類の動物たちが訪問者を部屋まで案内するデジタルアートを導入するなど、従来の常識を覆すアイデアをふんだんに盛り込んでいる。主たる領域がアートとはいえ、誰も思いつかなかった新たな見せ方、使い方をかたちにするという意味では、世の研究者や科学者と同じ道を歩んでいるといえるだろう。
そんな猪子氏が常々、強く意識しているのは、自身の取り組みによって、世の中の人々の〝美の基準〞や〝価値観〞を変革することだという。
「人は、あらゆるものに境界が存在すると考えています。大きなくくりでいえば、国が独立を維持するには〝国境が必要〞と思っている。でも、本当は、国境がなくても独立は維持できるはずです。なぜそのような発想ができないかというと、長い間、人が物質的なものに囚われて生きてきたからにほかなりません。でも、あらゆる境界が、物質によって事後的に生まれたものにすぎないのなら、それを曖昧にすることで、従来とは異なる新しい世界が見えてきたり、まったく異なる価値観を手に入れたりすることができるんですよ。そんな体験や機会を一人でも多くの人たちに提供して、あらゆる事柄を根本的に見つめ直してもらうためのきっかけを届けたいのです」
事実、猪子氏が手がける作品には、境界を曖昧にしようとする意図が色濃く表れているものが多い。例えば、今夏に東京の渋谷ヒカリエ(ヒカリエホール)で開催する体験型音楽フェスティバル「チームラボジャングル」は観客がムービングライトやボールに触れると音を奏でられるなどデジタルテクノロジーとアートが融合した新感覚の音楽フェスティバルだ。観客が音楽そのものの創造に参加できるコンサートは少ないが観客自ら音づくりに参加する「チームラボジャングル」は〝見せる側〞のアーティストやアートと、〝見る側〞の観客との境界を曖昧にする。
「『チームラボジャングル』を体験した人たちは、これまでの世界観や常識の、ある意味、脆弱さに気づくでしょう。なぜなら、
「ヤバい!」と感じるプロダクトが自然と選ばれる時代
猪子氏がチームラボを創業したのは2001年のこと。「かつて経済学者のピーター・ドラッカーは、自身の著書で『21世紀はテクノロジストの時代である』と説きました。インターネットの登場を目の当たりにした瞬間、僕もその時代が本当にやってくると確信したのです」。
インターネット登場以前、画一的な広告やマーケティングで〝ものを売る〞ビジネスモデルが重宝され、確かにその戦略の善し悪しによって業績や売れ行きが左右されてきた。しかし、インターネットの浸透によって情報流通コストがほぼゼロまで低下し、消費者があらゆる情報へ能動的にアクセスできる現在、優れた製品やサービス、技術はひとりでに、そしてあっという間に世界中に伝搬していく。
「そんな時代には、人々が本能で『ヤバい!』と感じるようなプロダクトやアウトプットしか選ばれない。広告やマーケティングではなく、より本質的な〝つくること〞のみで勝負しなければ勝てない時代には、〝ヤバいプロダクト〞をつくれるかどうかが生き残るための分かれ目になると考えました。もちろんプロダクトをつくる際には、自分で実際に手を動かすことが必要で、なおかつ高度な専門知識や技術を持った仲間の存在が欠かせません。そのような意味からも、『ウルトラテクノロジスト集団』を標榜したわけです」
チームラボが組織として活動を開始すると、猪子氏のビジョンに共鳴した多くの〝テクノロジスト〞たちが徐々に集まってきた。プログラマ、エンジニア、デザイナー、建築家、数学者、CGアニメーターなど、同社を構成するメンバーの属性は幅広く、現在では、400人規模の大所帯となっている。ちなみに、猪子氏はメンバーのリクルーティングにいっさい関与していない。それどころか、「採用時に、自ら面接に臨む企業のトップは無能」と、ばっさり切り捨てる。
「人が他者を短時間で評価できるなんて、傲慢以外のなにものでもない。もちろん、その人がどういう技術、実績を持っているのかといった〝ファクト〞の部分はわかります。でも、それらはすべて過去のことであって、誰が見ても同じでしょ。面談したところで、その人の人格や人間性、未来の可能性が理解できるはずがなく、僕はそういった不確定要素が高い部分にコミットしたくない、というか意味がないと思っている。チームラボは組織として採用活動をしていますが、僕自身、どういう基準やプロセスで一人ひとりのメンバーがここにいるのか、いっさい知りません(笑)」
すべての〝知〞はプロセスの中から生まれてくる
猪子氏はチームラボの設立者だが、自分自身を経営者とは捉えていない。ウルトラテクノロジスト集団の〝代表〞という意識で活動しているという。「例えば、センシング技術とAI技術を組み合わせた時に何か面白いことができると思えば、組織全体にその共有を促します。そして、自らプロセスに入り、手を動かす。もちろん自分一人でできることは限られているので、多くのクリエイターと一緒に、です。そこでの僕の役割は、〝汎用的な知〞を発見すること。これは、何かをつくり上げていくプロセスの中で見いだされる再現性の高い知識やノウハウ、アイデアを指します。一つひとつの知はどれも小さいものですが、それを少しずつふくらませ、積み重ね続けたことによって、自分でも予想できなかった、現在のチームラボの陣容が構築されていったんですよ」
猪子氏は、そんな自分自身の経験を踏まえて「知はプロセスの中からしか生まれない」と断言する。
「純粋なサイエンスの分野でも、手をまったく動かさず研究に従事している人なんていませんよね。高度の専門知識を身につけたうえで、仮説に基づいた実験を積み重ね、その中で生まれた新たな仮説やアイデアを、トライ&エラーを繰り返しつつ検証しているはず。すべての事象の始まりは、具体的なプロセスの中から発見された、小さくて新しい〝知〞なんですよ。もちろん偶然の発明も時にはあるでしょう。でも、〝つくる〞という具体的な行動の中から発見した知と、それに基づく成果のほうが、世の中に与えるインパクト、秘めているパワーは圧倒的に大きいと信じています」
最後に、今後のキャリアに迷っている研究者、エンジニアに向けた猪子氏からのメッセージを。
「チームラボは大学時代の仲間と結成したわけですが、同じ研究室にいたもう一人の友人にも『一緒にやらない?』と、声をかけていたんですよ。でも、彼は『自分は大学院に残って研究を続け、その後も〝堅実〞な研究者人生を歩みたい』と、僕の誘いを断って、結局、就職しました。その就職先は、存続が危ぶまれているある大手メーカー。彼とは今も連絡を取り合っていますけどね。何が言いたいかというと、大手企業とか安定している職場なんて、結局は過去のファクトでしかないということ。世の中の当たり前なんて、あっという間に簡単に壊れるし、逆にいえば壊せるものであることを、みんなもうちょっと理解すべき。今、自分が携わっている研究や仕事は、世界の常識を覆す可能性があるのかどうか。例えばそういった観点で、未来の生き方を考えてみる。ほとんどの人たちは勝手にいろんな境界や限界をつくって、それを安心材料と勘違いしているんですよ。まずは常識を疑うことから始めてみればいいと思います」
いのこ・としゆき
創業/2001年3月
従業員数/400名(2017年3月末現在)
所在地/東京都文京区本郷1-11-6 東接本郷ビル5階
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