〝魅力〞の定量化と予測、解析、強化
ビッグデータやAI技術の進歩は、一般的に個人の嗜好の問題とされている〝魅力〞を数値化するまでに至った。東京大学の山崎俊彦准教授はこれを「魅力工学」と名付け、多分野に応用している。
例えば、プレゼンテーションの印象解析だ。人の心に刺さるプレゼンと刺さらないプレゼンの違いはどこにあるのか。それぞれプレゼンの名手とされるスティーブ・ジョブズとビル・ゲイツだが、うまさに違いがあるのか。これらをすべて、数値で明らかにする、のみで終わらず、なぜその点数なのか、どの要素が影響しているのか、もっと魅力的にするにはどうしたらいいかを考える。すなわち、魅力の定量化、予測、解析、強化だ。「テレビであれば番組の視聴率やCMの好感度予測に、またSNSの人気度予測や強化に使えますし、人間のマッチングに応用すれば、人材採用や婚活、妊活、子育て支援にも。個人的には若い人たちのサポートに魅力工学を使いたいと思っています。 シニアの健康や福祉に予算がつく一方で、若い人が放置されていると思うので」
そう語る山崎准教授は「予想以上に多くの業界から声が届いている」と言う。広告(アドテック)や金融(フィンテック)のIT化が進む一方、不動産(リアルテック)はIT化が遅れ気味。魅力工学が不動産革命の呼び水になるかもしれない。
山崎准教授がリアルテックの領域で手がける研究は、大きく3つだ。1つは家賃回帰分析。築年数や物件の広さ、駅からの距離、病院との距離、学校との距離などの要素から適正な家賃を予測する。
「例えば中野区と港区を比較して、駅から100m遠ざかるごとに中野区は800円家賃が下がり、港区では4000円下がる、ということがわかりました。ユーザーには、どの条件を妥協すれば予算内に収まるか考える助けになります。オーナー側はエリアにおける適正な値付けができますし、空き物件をすぐに埋めたいなら家賃をいくらに設定するべきか、そんなことまで考えられるツールです」
2つめは「直感的な間取り検索」。「リビングに洋室と和室が直接面する間取り」といった情報を数学的モデルで表現。またディープラーニングに画像の特徴を学習させれば、似た間取りの物件を自動的に検索できる。
センサーを部屋に設置住み心地を数字で表現
3つめの「センサー(IoT)による物件の定量化」は、実用化に近いところまで研究が進んでいる。部屋の日当たりや騒音、温度などをセンサーにより計測し、定量化する。センサー自体は、秋葉原で温度センサー、加速度+照度計、マイク、カメラなど各種パーツを購入し、組み立てたもの。取得したデータはネット上に自動的にアップされる。これは物件を紹介される時によく聞かれる「陽当たりがいい部屋」「閑静な住宅街」といった感覚的な言葉に、数字の裏付けを付与するものだ。
「例えば、一般的に『窓があって陽が入り込む部屋のほうが暖かい』というイメージがありますが、実際に計測すると窓がない部屋のほうが断熱されていて暖かい。こうしたデータを『物件の住み心地』情報として不動産ポータルサイトにアップするなどの展開が期待できます」
そもそもリアルテック研究のきっかけは〝自分のため〞だったという。在外研究先から帰国するにあたって不動産ポータルサイトで物件情報を検索すると、使い勝手の悪さに戸惑った。
「これなら自分が持っている技術で使いやすくできるのではないかと。ちょうど世界的にもリアルテックの研究が始まった時期で、うまく波に乗れました」
今でこそ各界からの依頼が引きも切らない魅力工学だが、当初はすべてダメ出しされた。「婚活の研究に至っては『そんなこと東大でやるなんて』と非難されました」
だが応用領域が明らかになるにつれ、理解者は増えていった。「だから若い研究者にはこう伝えています。自分の信念を貫き続けること。最初は誰にも伝わらないかもしれない、それでも自分はこれが好きだ、これがやりたいんだと発信し続けていると、いつか面白がってくれる人が現れるのです」
山崎 俊彦
准教授 博士(工学)
やまさき・としひこ/1999年、東京大学工学部電子工学科卒業。2004年、同大学大学院工学系研究科電子工学専攻博士課程修了。同年4月、東京大学大学院新領域創成科学研究科基盤情報学専攻助教。09年、同大学大学院情報理工学系研究科電子情報学専攻准教授。途中、11年2月~13年2月、日本学術振興会海外特別研究員としてコーネル大学に滞在。
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