世界トップレベルの科学技術立国へ!“WPI”の挑戦、取り組み、そして成果
2008年、岐阜大学の学長を退任した私は、その前年に文部科学省が設立した「世界トップレベル研究拠点プログラム」(WPI)のプログラム・ディレクターに就任した。世界を見渡せば、COE(Center of Excellence)と呼ばれるような、世界をリードする研究所が存在し、その国の研究を牽引している。我が国にも、「21世紀COE」や「グローバルCOE」などのプログラムがあったが、助成が単なる研究費と化し、世界的な研究拠点として終了後にも残ることはなかった。そのような限界を打破すべく発足したのが、WPIプログラムである。
2007年に東北大(材料化学)、東大(宇宙の起源)、京大(細胞生物学)、阪大(免疫学)、物材機構(ナノテク)の5つの拠点がつくられたのを皮切りに、これまでに、全部で9つの研究所が採択されている。WPI拠点への支援は基本的に10年を保証、1拠点に年間13億円の資金を出すという国の“本気度”が推し量られるプロジェクトである。
前回紹介したように、岐阜大学の学長時代には“改革派学長”として、文科省に直言し、丁々発止のやり取りをした私が、文科省の重要なプログラムの責任者に就いたことに周囲は大いに驚いたようであった。WPIが掲げた目標の一つとして、「大学を変えること」がある。そのためには、現場を熟知すると同時に、改革を進める人間が必要だと考えて、私に白羽の矢が立ったのだろう。
研究を進めるためには、十分な研究費を配分することが必須である。しかし、それだけでは十分でない。特に我が国では、研究環境を変えていかねば、真に国際的な研究拠点をつくれないのではという反省が、WPIプログラムの背景にあった。
それを受けて、私は、「サイエンス」「融合研究」「国際化」「大学改革」の4つをWPIのミッションとして掲げた。分野のボーダーを超えた融合研究により新しい学問を創出し、国のボーダーを越え国際化し、科学コミュニティと大学に残るバリヤーを越えて改革を進める。「ボーダーとバリヤーを越えて」がWPIの旗印である。この10年間、このミッションはぶれることがなかった。関係者の努力もあって、この10年間で“目に見える評価”を挙げることができたと思っている。
WPI拠点のサイエンスは突出している。例えば、引用数がトップ1%に入る論文は、07年発足の上記5拠点平均で約4%、世界7位にランクされている。東大を含め日本の大学が、2%以下であることを考えれば、WPIの研究レベルの高さが理解できるであろう。WPIは、基礎的な研究を重視している。もちろん、応用の道が拓ければ素晴らしいことであるが、我々は急がない。広い視野で遠い将来を見ているのだ。9つの研究拠点の中には、“すぐには役に立たない”研究もある。例えば、先ほど述べた東大の「宇宙の起源」と、12年度から始まった東京工業大学の「生命と地球の起源」である。宇宙はどのようにして始まり終わるのか、地球の始まりはどんな状態だったのか、生命はどこで生まれたのか、などなど、誰もが抱く謎に迫ることは、人々の知的好奇心を揺さぶり、科学の基礎となるであろう。この2つの研究所は、これまでに2回合同で一般の人向けのワークショップを開いている。今年1月に実施した会場には300人ほどが集まり、キャンセル待ちの盛況だった。
WPIは、今後も続ける方針が決まった。将来は20拠点までに増やし、さらに終了拠点はWPIアカデミーとして、WPIのブランドを維持していく予定である。WPIがこれからも我が国を代表し、牽引する研究拠点になっていくことを期待している。
1960年、東北大学医学部卒業。インターンを経て、がん研究に取り組む。66年、博士(医学)。
東北大学助教授、ウィスコンシン大学ポスドク、WHO国際がん研究機関(仏・リヨン市)勤務を経て、東京大学教授(医科学研究所)。96年、昭和大学腫分子生物学研究所所長。2001年、岐阜大学学長。
08年、日本学術振興会学術システム研究センター副所長、相談役を経て現在顧問。
東京大学名誉教授、岐阜大学名誉教授。東京都出身。
コメント