言葉が持つ〝音〞と〝意味〞の関係を特定
「ズキズキ」「ベタベタ」「キラキラ」――。日本語は「オノマトペ(擬音語や擬態語)」の宝庫といわれる。このオノマトペをとおした人の感性表現に着目し、文・理の垣根を越えた研究を推進しているのが、電気通信大学大学院の坂本真樹教授だ。
「視覚や触覚などに関するオノマトペを用いて表現した言葉を評価する手法を考案し、AIを活用しながら五感や感性を数値化、推定するシステムを開発しました」
例えば、企業がコンシューマ向け製品を開発する場合、材質などの触り心地をはじめとした人間の感性を評価して製品に落とし込む作業が行われる。その際、被験者であるユーザーに感性の強弱などのレベルを段階別に回答してもらう方法が採られているが、人間の言葉は主観的で曖昧だ。また、評価に使用する尺度や形容詞もメーカー担当者などが作成したものが多く、消費者の印象を企業側の〝ものさし〞に無理やり当てはめることになるなど、どうしても制約や齟齬が生じてしまう。
坂本教授は、オノマトペから得られる印象を被験者から収集し、そのデータを統計的に処理して〝音〞と〝意味〞の結びつきを特定。あるオノマトペを入力すると、オノマトペがもたらす印象を定量化して推定するほか、新しいオノマトペの印象も推定できるシステムの開発を成功させた。
「例えば、『もふもふ』というオノマトペを入力すると、『やわらかい』『穏やかな』『マイルドな』など43種の尺度で印象が客観的に表示され、イメージに適した色まで提案できます(詳細はコラム参照)。実際に、システムが弾き出した推定値を、被験者を対象とした実験で確認したところ、高い精度で実測値と一致しました」
2014年度の「人工知能学会論文賞」を受賞したこのシステムを使えば、「一般ユーザーが求める質感からどのような材料を開発すべきか」「製品の特徴を効果的にユーザーに伝えられる名称は何か」「製品の質感をユーザーに伝える説明として、何が適しているか」といったことが想定でき、顧客の要望やイメージに適合した製品や表現の創造を支援できるという。
同システムは、タブレット端末などのアプリとしてすでに企業などへ販売されており、「メーカーや広告代理店など、多くの企業に活用していただいています」と、坂本教授は胸を張る。
痛みの質を数値化医療での活用も視野
「頭がズキズキする」「お腹がチクチク痛む」など、医療の現場でもオノマトペが頻繁に使用されていることに着目した坂本教授は、オノマトペで表現した痛みの質を定量化する診断支援システムも開発している。
「痛みの度合いを『強い』『鋭い』など複数の要素で数値化するだけでなく、『ハンマーで殴られたような』といったわかりやすい比喩と組み合わせることで、患者さんの主観的な痛みを可視化する仕組みを構築しました。例えば、医師に対して患者さんが、『頭をハンマーで殴られたような痛みがある』と伝えた場合に『くも膜下出血の確率が高い』と医師が即座に判断を下すことができるなど、問診をスムーズに進める効果が期待できます」開発した診断支援システムでは、測定結果を英語で表示することも可能なため、海外の医療機関受診時の活用も見込むほか、質感を表すオノマトペを高齢者の認知症診断に役立てることも視野に入れるなど、応用領域を順次拡大していく考えだ。
そんな坂本教授は現在、これらのシステムの開発やカスタマイズ、販売などを手がける企業の設立を検討しており、起業の暁には、大学院での研究と企業での商用ベースの研究を両立させることになる。
「研究室の学生たちには、よく『小さくまとまらないで』と伝えています。せっかく高い技術と多くの知見を身につけたのですから、大企業に就職する道だけでなく、自らベンチャーを立ち上げて技術とアイデアで勝負する道も模索するなど可能性を追求してほしい。私ももともとは言語学の専門家でしたが、語学と工学を組み合わせて『感性を定量化する』新しいシステムを開発することができました。パイオニアを志すような気概を持った『ギラギラ』した人なら大歓迎です」
坂本 真樹
教授 博士(学術)
さかもと・まき/1993年、東京外国語大学外国語学部ドイツ語学科卒業。98年、東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士後期課程修了後、同大助手。2000年、電気通信大学電気通信学部講師。15年、同大大学院情報理工学研究科教授。16年、同大人工知能先端研究センター教授を兼務。人工知能学会論文賞(14年度)など受賞多数。
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