印刷するだけで電子回路が完成
次世代通信技術とユニークなアプリケーションのデザインによる「実社会で使える技術」の創出を目指す川原研究室では現在、「回路の印刷技術」「無線給電技術」「農業用土壌水分センサー」を研究の主軸に据えている。
「特に注力しているのは、電子回路を安価に製造する技術。それを実現するために、印刷技術を使った電子回路の形成に取り組んでいます。例えば、文字を印刷するように、紙の上に直接電子回路を印刷すれば、そこに様々な情報を取り込むことが可能になります。あらゆるモノがインターネットでつながるIoT時代が到来した時、どんなモノにも電子回路を形成できるこの技術が基盤技術の一つになると期待しています」
それを可能にする技術の一つが、「インクジェット」である。家庭用プリンターにも使われるこの技術を用いて紙などの薄い素材に回路を描くことで、〝使い捨て〞が可能なセンサー等を安く製造できるのだ。川原准教授は、電気を通す「銀ナノインク」を用いた技術を実用化済みで(コラム参照)、現在は、顧問を務めるベンチャー企業を通じて用途開発にも力を注ぐ。
「以前は、電気機器の心臓部となる電子回路のプロトタイプ製造にも高価な装置が必要でしたが、銀ナノインクと家庭用プリンターを使えば1枚100円程度で簡単に回路が作成できます」品質は従来品と同等ながら、コストやスピードの面で高い優位性を持つ。少なくとも試作品を簡単に作成できることから、企業は研究から実用化へスムーズに移行できるという。
「この技術でセンサーを大量に生産・配布し、利用者が新しい使い方を提案するようなサイクルが生まれると、次から次へと画期的なアプリケーションが生まれる好循環が起こるでしょう。モノづくりに革命を起こすことができると自負しています」
〝解くべき課題〞を厳選し、力を注ぐ
一方、「無線給電技術」「農業用土壌水分センサー」は、人類共通の課題ともいうべきエネルギー問題の解決に寄与する技術だ。我々が日常的に使用する電気機器は、性能の向上に伴って給電の制約も拡大している。携帯電話が典型的で、いわゆる「ガラケー」は週1回の充電で事足りたが、「スマホ」は毎日の充電が必要だ。「通信速度は速くなったのに、給電は改善されていません。そこを何とかしたい」と、川原准教授は力を込める。
「Wi‒Fiの登場でデータ転送は無線化が進展したのと同じように、電力の供給も無線化できるはず。電磁波をうまく操って、電気エネルギーを必要なところに必要なだけ送り届ける技術を実用化し、より便利な社会を実現したいと考えています」また、水資源が豊富な日本では実感しにくいが、世界各地では干ばつの問題が発生しており、「真水」をめぐる争いが深刻化している。川原准教授が前述の電子回路の印刷技術などを応用して開発した「農業用土壌水分センサー」は、限られた水資源の有効活用を促すデバイスとして内外から大きく注目されている(コラム参照)。
川原研究室が取り組むテーマは、解決によってもたらされる社会的効果が極めて高い分野ばかりで、さらに特徴的なのは、技術の〝使い道〞まで含めて想定し、その実現を目指して材料やハードウェアまで提案していることだ。実際、「回路の印刷技術」「農業用土壌水分センサー」については、研究成果をベースに東大発ベンチャーが事業化し、川原准教授は技術顧問として様々なアドバイスを与えている。
そんな川原研究室の卒業生の多くは、大手通信事業者などでエンジニアとして活躍しているが、近年では、ベンチャーを立ち上げる学生も目立つという。「学生たちによく話すのは、〝解きたい課題〞と〝解くべき課題〞は違うということ。流行っているから、旬だから、という理由だけでは研究を許可しません。やりたいテーマがあったとして、それを手がけるのが本当に大事なことか、時間をかけて取り組む価値があるかを十分に考えさせるようにしています。その意味では、厳しい研究室といえるかもしれませんね」
川原 圭博
准教授 博士(情報理工学)
かわはら・よしひろ/2005年、東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。同大大学院情報理工学系研究助手、助教を経て、13年、准教授。ジョージア工科大学客員研究員およびMIT Media Lab客員教員を兼任(11~13年)。14年、AgIC株式会社技術アドバイザー、JSTさきがけ研究員。15年、株式会社SenSprout技術アドバイザー 、JST・ERATO研究総括。
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