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【新進気鋭の研究者Vol.12】四半世紀を超え、ロボット開発に従事。進化を止めることなく、ロボットたちがより多くの人々を支える未来を! セイコーエプソン株式会社_宮澤 比呂之

セイコーエプソン株式会社
ロボティクスソリューションズ事業部 RS企画設計部 部長
宮澤 比呂之

四半世紀を超え、ロボット開発に従事。進化を止めることなく、ロボットたちがより多くの人々を支える未来を!

セイコーエプソンは、プリンターやプロジェクターをはじめとする情報関連機器メーカーとして知られるが、実は、「産業用ロボット」の分野でも、世界をリードし続けてきたパイオニア的存在である。同社は2018年より、従来製品とは一線を画す自律型双腕ロボット「WorkSense(ワークセンス)W-01」の発売を開始。開発責任者を務めた宮澤比呂之氏に、開発の経緯やビジョンについて話を聞いた。

入社から30年以上ひたすらロボット開発に明け暮れてきた

ひとくちに「ロボット」といっても、自立歩行するヒト型ロボットから、製造現場などで人間の代わりに様々な作業を行う産業用ロボット、「ルンバ」など家庭用お掃除ロボットまで多岐にわたる。そうした多くのロボットの中で現在、最も多く利用されているのが、「産業用ロボット」である。

セイコーエプソンの産業用ロボット事業は、1983年にスタート。自社工場で使用することを目的に開発した腕時計の精密組立用のいわゆる「スカラ型(水平多関節)ロボット」を端緒とし、すでに35年に及ぶ長い歴史を有している。残留振動なく高い生産性で高精度に位置決めする技術により、現在では、スカラ型ロボットの分野で世界シェア・ナンバーワンを獲得するに至っている。
「入社以来、ひたすらロボットの開発に明け暮れてきました。私が語れるキャリアといえば、それだけです」謙遜しながらそう話す宮澤氏は、長野県生まれ。子供の頃から理数系科目に強い興味を持ち、東京理科大学に進学して情報科学を学んだ。「当時は、ロボット技術者になることなど微塵も考えていませんでした。ただ単に、好きな数学と物理を勉強したかっただけです」

東京理科大学は、学生の留年率が極めて高いことで知られているが、宮澤氏は体育会卓球部で部長を務めながらストレートに4年間で卒業。そして85年、「以前から憧れていた」地元企業の諏訪精工舎(当時)に新卒入社する。「諏訪精工舎は、長野県では最大規模のメーカーで、子供の頃から、漠然とですが、『大人になったら、この会社で働きたいなあ』と考えていました。幸いにも大学からの推薦をもらえたこともあって、意外とすんなりその夢が叶ったという感じです(笑)」

入社した約半年後に、諏訪精工舎は子会社だったエプソンと合併し、セイコーエプソンに社名を変更。「寝耳に水の出来事で、正直ビックリしました」と話す宮澤氏だったが、新体制の下でも引き続きロボット開発に携わった。入社以来、一貫してロボット開発に携わり続け今に至る。まさにセイコーエプソン産業用ロボット事業の〝生き字引〞的存在なのである。

必要な場所に移動させるだけで作業できるロボットを

前述したように、セイコーエプソンのロボット事業は、自社工場のオートメーション化を推進する部隊が、そのために開発した産業用ロボットの社外展開を目指す事業部として独立したことに端を発している。

「当時の人員規模は小さく、私を含む数人のエンジニアで何から何までこなさなければなりませんでした。私は主にモーションコントロールの分野を担当していましたが、守備範囲以外の仕事も担当しなければならず、苦労は絶えなかったですね。もっとも、そのおかげで勉強しましたし、多くの知見やノウハウを培うことができましたから、今となっては感謝しています」

ロボット開発の醍醐味を「自分が思い描いたとおりに動作してくれること」と説明する宮澤氏は、セイコーエプソンが80年代後半以降に開発したスカラ型ロボットおよび6軸(垂直多関節)型ロボットラインナップの大部分の設計に携わってきた。「ほぼすべて、といっても過言ではないと思います」と胸を張る。そして18年より、セイコーエプソンは自律型双腕ロボット「WorkSense W-01」の発売を開始。宮澤氏は、同製品の開発において陣頭指揮を執った。

「WorkSense W-01」は、2つのロボットアームを持つ産業用ロボットである。一般的な産業用ロボットは、工場のラインなど装置に組み込んで固定させた状態で必要な作業を実施する。一方、同製品は、必要な場所に機体を移動させ、単独で人に代わって組み立てや搬送などの作業を実施できるように設計されている。また、従来のロボットでは、ラインに導入する際に、工程ごとのプログラミングや、部品ごとのティーチングを必要としていたため、自動化経験を有する技術者に依存する部分が多かった。しかし、この自律型双腕ロボットは、対象物と作業シナリオさえティーチングすれば、簡単に作業を開始できることが大きな特徴となっている。

それらを可能としたのは、装着した計6個のカメラにより、あたかも人間の目のように3次元空間上で対象物の位置・姿勢を正確に認識できる機能と、力を制御する力覚センサーなど、これまで同社が連綿と培ってきたノウハウの粋を結集したハイテク技術群だ。例えば、「A部品とB部品を組み立てる」という単純な指示を与えた場合、「WorkSense W-01」は、プログラマーが決めた作業軌跡ではなく、自身で作業軌跡を選択し、どのような向きに置かれた部品にも対応して組み立てる。そのため、自動化経験の少ない生産現場にも容易に導入することができ、生産体制の変更にも柔軟に対応できるメリットがある。こうした設計思想の背景にあるのは、社会の大きな変化だ。日本を皮切りに、先進国では少子高齢化が進み、生産現場を中心に人手不足が顕在化している。そこで、宮澤氏をはじめとする開発チームの面々は、「人間にとって負担が大きな作業をロボットに置き換えていくためには、どうすればいいか」を考え、喧々諤々の議論を重ねた末に、この自律型双腕ロボットに行き着いたという。

「以前から、スカラ型、6軸型に続く次世代ロボットのあるべき姿について議論しており、開発の必要性を強く感じていました。その際に漠然と考えていたのが、『これまでロボットを使用したことがないお客さまに、気軽に利用していただけるロボットとはどういうものか』ということです。例えば、従来の産業用ロボットは、工程ごと・部品ごとのプログラミングに膨大な労力とコストが必要で、応用領域が広がりづらい。そうしたイメージに基づいて試行錯誤した結果、設置場所を変えてもプログラムを変更せず、複雑な作業が行える、自律型双腕ロボットの構想が生まれたのです」

何が〝掴める〞機能を目指すべきかターゲティングに苦労

「WorkSense W-01」の開発には、長い時間を要している。最初にコンセプトを披露したのは、13年の「国際ロボット展」だった。それから約5年もの歳月を費やして、製品化までこぎ着けたのだ。
「難しかったのは、やはりターゲティングですね。私をはじめとして、エンジニアはみんな〝技術屋〞ですから、どうしてもある機能に特化した〝専用機〞をつくりたくなってしまいます。いってみれば、これは、エンジニアにとって一種の本能のようなものかもしれません。しかし『WorkSense W-01』は、特定の作業だけでなく、場所を移動して別の作業の実施も可能にするためのロボットを目指しています。そこに向けて、メンバー間で意識を合わせていくのは、簡単ではありませんでした」 

例えば、一つの作業に特化した専用ロボットなら、その作業に応じた〝ハンド〞を開発してアームの先端に取り付ければ事足りる。しかし「WorkSense W- 01」は、様々な作業に従事することを想定して開発が進められた。そのため、特定の部品ではなく、多様な部品を持ったり掴んだりすることができる工夫が必要になる。
「そこで問題になったのは、『何を掴めるように設計すればいいのか』ということ。それについては答えが簡単には出せないため、エプソンのプリンターを分解し、まずはそのプリンターを構成しているすべての部品を掴むことができるハンドの設計を目指しました。このように、目指すべきターゲット設定が、開発上の大きな障壁の一つでしたね。また、対象ワークのサイズのイメージは〝エプソンのプリンター〞と考えました」 

もちろん「WorkSense W-01」は、プリンター組み立て専用ロボットではない。しかし、「エプソンのプリンターを組み立てることができれば、お客さまが要求する作業の大半はカバーできるはず、という想定で製品化を進めました」と、宮澤氏。
こうして製品化に至った「WorkSense W-01」は、ものを掴む、片手・両手でものを運ぶ、ネジを締める、部品を挿入する、押し付けるなどの様々な作業が可能で、もちろんプリンターも組み立てられる。また、バックヤードや物流倉庫などの単純作業も担うことができるが、宮澤氏は現状に満足していない。

「現時点では、熟練労働者のスキルにまだまだ太刀打ちできません。要素技術も既存の産業用ロボットのものを使用しているため、価格も高価です。生産性を高めて適用範囲を広げる一方、価格を下げることによって、これまでロボットを使用してこなかったり、必ずしも必要とされてこなかったような現場や環境に「WorkSense W-01」を提供し、お客さまのビジネスの自動化に貢献していきたいと考えています」

専門外のことにも積極的にかかわり可能性を広げよう

ロボット産業は、35年に10兆円市場に成長するといわれている。産業用ロボットの需要拡大を見込むセイコーエプソンでは、17年度に約220億円と見込むロボット事業の売上高を、25年には現在の約4倍の1000億円に拡大するビジョンを打ち出している。
さらに、介護や家事支援といった新たなシーンで活躍することができるロボット需要の掘り起こしも想定しており、それを実現するには、高度なスキルと知見、そして何よりも、ロボット開発を通じた社会貢献に対する情熱や意欲を持った人材が不可欠だ。

若手エンジニアたちに、宮澤氏は次のようなエールを送る。
「私が当社に入社して、ロボット開発に携わり始めた当時は、ロボット産業の黎明期で、たとえ専門外のことでも誰かがやらなければ何も前に進まない状態でした。しかし現在、ロボット事業が軌道に乗り、かかわる人員も大幅に増えたためか、特に若い人は奥ゆかしくてアグレッシブに自分の守備範囲を広げようとする人が少ないという印象を持っています。ロボットは様々な技術の集合なので、その気になればいろいろな先端技術に触れることができる。ロボット開発は、社会に一大変革をもたらす可能性を秘めた産業です。その開発に従事できることはとても幸せなこと。自らの可能性や技術力、知見を広げるチャンスはたくさん転がっています。あらゆることに積極的かつ貪欲な姿勢で臨むことを心がけてほしいです」

His Research Theme
“見て、感じて、考えて、働く”自律型双碗ロボット。「WorkSense W-01」の商品化を実現
  

「WorkSense」は、「働く(Work)」と「感じる(Sense)」を組み合わせた造語で、製品コンセプトの「見て、感じて、考えて、働く」を表現した名称、ネーミングである。「見て」の機能は、頭部などに装着したカメラで3次元空間上の対象物の位置や姿勢を認識し、対象物の配置が変わっても、自ら見つけて位置を把握する。「感じて」の機能は、2本のアームで力を感じ、力を適宜コントロール。対象物にダメージを与えず組み立て作業などを実施する。様々な形状や大きさの対象物を「握る、掴む、挟む」多目的ハンドを装備し、人が使う道具類も活用できる。

「考えて」の機能は、設置場所を変えてもプログラムを変更せずに即座に作業を開始する。異なる場所で様々な作業をさせるなど、急な生産体制の変更にも対応できるうえ、アームの経路や姿勢、障害物の回避も自ら考えて動いてくれる。「働く」の機能は、2本の7軸アームに別々の作業を任せることができるほか、部品を押さえながらネジを締めるなど、双腕による協調作業を実現。これら大きく4つの機能により、多品種少量生産やジャストインタイム生産が要求される分野などで、従来は困難だった生産の自動化が可能になる。


みやざわ・ひろし
1962年、長野県生まれ。85年、東京理科大学理工学部情報科学科卒業後、株式会社諏訪精工舎(現セイコーエプソン株式会社)入社。一貫して主にロボットを思いどおりに動かすためのモーションコントロール(軌道生成・フィードバック制御)を担当。自動化がなかなか進まない組立作業を自動化するために必要な要素技術の開発に取り組み、その成果を既存製品へ反映させながら、集大成として双腕ロボットを製品化。
セイコーエプソン株式会社
創立/1942年5月18日
代表者/代表取締役社長 碓井 稔
従業員数/8万928名(連結2017年9月末現在)
所在地/長野県諏訪市大和3-3-5

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