【オピニオン】国家の根幹は人づくり。若者を世界へ送り出せ！ 　政策研究大学院大学 名誉教授　黒川 清　第12回

国家の根幹は人づくり。若者を世界へ送り出せ！

プラトン『国家』、ホッブス『リヴァイアサン』、アリストテレス『政治学』、マキャベリ『君主論』、マルクス『共産党宣言』、トクヴィル『アメリカの民主政治』、ハンチントン『文明の衝突』……。あなたは、このうちの何冊を読んだことがあるだろうか？実は、これらは米国のエリート大学学部生“必読書リスト”のトップ10に入る著書である。授業で教わるのではない。授業の前に読破していることを要求される。授業は基本的には先生と学生の討論の場、数年前におなじみになったマイケル・サンデル氏のスタイルだ。未読の学生は議論に参加できない。授業を受けさせてもらえないことさえある。

米国の大学が学生たちに求めているのは、人類が営々と蓄積してきた“叡智”を学び、自分の思考を磨くこと。世の中は複雑化し、“これ”という答えが導き出しにくい。旧来の“知識”では太刀打ちできない課題と、次々に直面せざるをえない。そんな時代と対峙するうえで、人間や社会のあり方を突き詰めて考え、変革しようとした先人たちの深い思索、思考回路を、“知力ベース”として身につける、これが米国では高等教育の基本と強く認識されている。入学時に文系・理系などない。

我が国で“クイズ王”になれる“知識”を持つ秀才たちにとって、「なぜ、なぜ」と根源的な問いかけを議論、異論、討論する知力形成の場こそが大学なのだ。非は彼らにあるのではない。大変化の時代に、従来型の“知識・技術”の伝承を中心とした大学教育と、“タテ”組織を基本とする社会そのものに問題がある。そんな社会価値環境で育った秀才たちが、“タコつぼ”のような狭く閉ざされた大学院から研究の世界に入っていく。これからの世界のありようを考えれば、学部生の時代から留学する学生をもっと増やすべきだ。日本を外から見る、違う世界があることを“独立した個人”として実体験することが重要なのだ。

世界に出れば、素晴らしい同僚、先達、“変人”に会える機会が増える。Ph.D.、ポスドクと進むにつれて多くの科学者たちが、年齢、肩書にかかわらず、あなたを一人の独立した“仲間”として扱ってくれる。そこで学べること、培った人脈は、想像以上に大きい。自分の成長が確実に実感できるはずだ。他大学へも自分で決めて移ることができる。国境を越えた“ヨコ”への展開が、あなたたちを待っているのだ。

現在、世界の研究の中心は米国であり、その引力は強大だ。この十数年間、米国での毎年のPh.D.取得者数は、台湾から約700人、韓国は約1300人、中国は4000～5000人、インドは2000人強で推移しているが、日本はなんと200人を切り始めている。なぜ日本の若者たちはこんなに内向きなのか。その原因は、基本的に教授たちが学生を手離さないこと、教授の紹介で留学しても“ポスドク“として2、3年で戻ってくる研究者が多いことなど“タテ”割り社会の弊害がここにもある。

「国の根幹は人づくり」―― 優秀な研究者を養成するために、一人でも多くの大学院生を欧米へ留学させ、Ph.D.を取得させるべきだ。帰国してからのポスト？そんな心配は杞憂だ。研究の場は世界中にある。海外でPh.D.を取得した研究者を欲しがる日本企業もそのうち増えるだろう。また、海外でPh.D.を取得した研究者たちは若者を育てることに熱心だ。それは“ハンディ”を超えて、多くの人たちに育てられてきたからこそ培われる“恩返し”の気持ちが心の底にあるからにほかならない。

1990年代に始まった「大学院部局化」とはなんだったのか？“タテ割り大学人”の意識を強化し、研究室をさらに狭い“タコつぼ”化しただけのように感じる。この20年の政策を評価、分析し、グローバル時代に対応した高等教育システムの刷新、研究者養成の政策を早急に実行すべきだ。