統計的機械学習が拓く低コストAIの未来
「目指しているのは、ディープラーニングならぬ〝チープラーニング〞です」と話す福水教授は、パターン認識手法の一つである「カーネル法」を使って複雑なデータを分析し、物事の因果関係を推論する機械学習の研究に取り組んでいる。
2010年代に入り、ディープラーニングが進化したことで人工知能(AI)の分野に劇的な変化をもたらした。この技術は、人間の脳の仕組みを模した「ニューラルネットワーク」を使って大量のデータからAI自身が学び、ある〝特徴量〞を自分で見つけ出して抽象化を行う。人間も様々な特徴から概念を学習し、「目の前にいるのは犬」といった判断を下しているが、AIも学習による特徴量の抽出から「それは犬」という概念を見つけられるようになった。
こうした高精度の特徴量の抽出には膨大な演算が必要だが、CPUやGPUの処理能力の大幅な向上が画像・音声認識などに進化をもたらし、第3次AIブームを牽引してきた。もっとも、福水教授は「課題も少なくない」と指摘する。
「ディープラーニングは、データが多いほど精度が高まるため、いかに大量のデータを学習させるかが重要になりますが、データ量の増加に伴って、必要な計算リソースが加速度的に上昇していくことも事実。ディープラーニングをベースにしたAIの普及が進めば、いずれ電力をはじめとする計算リソースが不足することは目に見えています」
一方で、福水教授が研究を進めてきたカーネル法などを高度化すれば、少量の計算リソースでディープラーニングと同じ性能を実現できる可能性を秘めており、日夜その研究に勤しんでいるところだ。
「カーネル法の場合、現時点では、ディープラーニングが扱うようなビッグデータの処理には不向きですが、もしそれが可能になれば、低い計算コストでディープラーニングと同程度の性能を出すことができるかもしれません。AIを社会により深く、より広く浸透させるためには、コストを大幅に下げる必要があります。カーネル法で大量のデータを扱える計算方法が確立できれば、どこでも誰でもAIを利用することができます。その実現が私の大きなモチベーションになっています」
ガラスとは何かを数学的に解析する
福水教授は、京都大学理学部数学科卒というバックグラウンドを生かし、「トポロジー(位相幾何)」を応用した位相的データ解析という新たな数学的手法によって、「アモルファス」と呼ばれる非晶質状態の物質の構造解明プロジェクトにも参画。
「ガラスやたんぱく質などの『ソフトマター』と呼ばれる柔らかい物質は、分子の構造が一見ランダムながら秩序を形成しています。物の構造は機能と密接にかかわっており、長年にわたって、その構造の記述は困難な問題でした。この構造を明らかにするための記述法を開発する科学技術振興機構のプロジェクトで、位相的統計理論の構築を担っています」
材料の分子構造は、伝導性などの特性に直結するため、材料を設計したり、物性を予測したりする際には、対象となる物の形を記述し、特徴づけをする必要がある。基本的な構造が繰り返される〝結晶〞状態の物質はその記述が容易だが、ガラスのような非晶質状態の物質では単一のサイズの構造を持たないためマルチスケールで考慮しなければならず、その記述には膨大な情報量が必要になってしまう。この問題の解決策として期待されているのが、前述のトポロジーを応用した位相的データ解析手法だ(コラム参照)。福水教授は、データの〝形〞を定量的に記述する理論を確立、ソフトマターの構造解析へ応用する役割を担っている。
「本プロジェクトを一言でいえば、ガラスなどのソフトマターとは何か、という基礎科学の大命題を数学的手法で解明するもの。すでにガラスに含まれるマルチスケールな幾何的特徴の抽出に成功し、シリカガラスが液相からガラス相へ変わる瞬間の温度をカーネル法によるデータ解析で特定することに成功しました。この取り組みを進めることで、物質の特性をデータ科学で予測するマテリアルインフォマティクスへの展開も期待でき、新材料の開発など幅広い分野に応用できると考えています」
福水 健次
教授 博士(理学)
ふくみず・けんじ/1989年、京都大学理学部卒業後、株式会社リコー(中央研究所)入社。9年間の在籍後、理化学研究所脳科学総合研究センターを経て、2001年、統計数理研究所助教授に。現在、同研究所数理・推論研究系教授、統計的機械学習研究センター長、総合研究大学院大学複合科学研究科統計科学専攻教授。
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