当社が保有する膨大なデータは宝の山。70を超える事業の顧客行動をリサーチし、未来の成長に貢献しうる研究を継続する
「楽天市場」やプロ野球チーム「東北楽天ゴールデンイーグルス」、来年にサービス開始を予定している携帯電話事業など、多岐にわたる事業を展開する楽天グループ。世界一のインターネット・サービス企業を目指す同社の技術戦略の中核を担うR&D部門が、楽天技術研究所だ。世界5カ国に拠点を構える同研究所Tоkyоのシニアマネージャーとして、70名を超える研究者を率いる平手勇宇氏に、入社までの経緯、現在取り組んでいること、今後のビジョンなどについて聞いた。
どこにでもいるごくごく普通の理系の学生だった
「もとから研究者を目指していたわけではありません。好きなことを続けていたら、いつの間にかこの場所に収まっていたという感覚です」
そう話す平手氏は、富山市で生まれたのち、名古屋市で育つ。中学生の頃にコンピュータの魅力に取りつかれ、「名古屋の秋葉原」と称される大須へ毎週のように出かけては部品を物色。自作パソコンの組み立てに没頭する少年時代を過ごした。
早稲田大学理工学部情報学科への進学を機に上京した平手氏だったが、「4年生になるまでは、どこにでもいるごく普通の大学生だったと思います」と、やや自嘲気味に語る。
「学部生の頃は、プログラミングのアルバイトをしたり、ベンチャー企業を立ち上げた知人に頼まれてサーバ設置や設定を手伝ったりしていましたが、研究職を目指すという道筋やキャリアは、想像すらしていませんでした」
だからといって、ただ漫然と学生時代を過ごしていたわけではなかった。
在学中の2004年には、データ解析コンペティションで「東日本学生部門優秀賞」を獲得、翌年には、論文が「情報学科賞」を受賞するなど、早くから才能の片鱗をのぞかせていた。学部卒業後に大学院に進学するが、「それも理系の学生にありがちな考え方で、『理系だから修士くらいは出ておかないと格好がつかないよね』という安易な発想がベースにあった。卒業したらメーカーの研究所に就職できたら御の字だな、と漠然と考えていた程度」と説明してくれた
そんな平手氏に転機が訪れたのは、修士課程1年目の秋。指導教員の山名早人教授から、「修士課程を1年短縮するから、博士課程に進まないか」という誘いを受けたのだ。
「この時に初めて、博士課程に進んで研究者としての道を歩むのか、それとも企業に就職する道を進むのかという選択を迫られました」
悩みに悩んだ末、平手氏は博士課程に進むことを決意する。
「修士課程を〝飛び級〞できるということが大きな魅力でした。なぜなら、『もし1年やってみてダメなら見切りをつけて就職すればいいや』という気持ちになれたからです。コンピュータそのものは好きでしたし、その技術を追求することも面白かったので、もう少しだけ自分がやりたいことをやってみようという気持ちになりました」
〝超〞面白かった企業との共同研究が人生の大きな転機に
博士課程に進んだ平手氏は、その後の人生を決定づける大きな経験をする。「データマイニングの研究に携わっていたのですが、企業との共同研究に参加する機会に恵まれました。その研究があまりにも面白くて、ある意味では、私の人生を変えたといっても過言ではないと思っています」
企業との共同研究において味わった〝面白さ〞とは、「実データを扱う面白さ」だと平手氏は説明する。
「アカデミックな研究で扱うデータは、いわば、目的に応じて用意する〝つくるデータ〞です。一方で、企業が所有するデータは社会実装されたITインフラから取得した〝生データ〞で、見たり触れたりすることで初めてその中身がわかる類のもの。共同研究に参加することで、私は初めて企業が所有している大規模な実データに触れることができたんです。エキサイティングな経験でしたね」
当時、平手氏が参加した共同研究は、ある企業が運営していたオークションサイトに関係するものだった。そのサイトではユーザの不正行動が頻発しており、データマイニングによる不正利用検知の導入が喫緊の課題となっていた。その話が指導教授である山名教授のもとに持ち込まれ、研究員として平手氏がアサインされたのだ。
そして平手氏らは、過去のオークション利用データの蓄積から不正利用者の行動をモデル化し、不正が疑われる出品などを効率的に抽出する仕組みを完成させた。当時を振り返り、平手氏は「超面白かった」と述懐する。
「生のデータから何かを発見したり価値を見いだしたりすることが本当に楽しかったんです。実社会由来のデータは、何が飛び出してくるかわからないスリリングなところが面白い。私にとっては〝宝の山〞に思えました」
実データの虜となった平手氏は、企業研究所への就職を考えるように。「企業との共同研究は確かに刺激的でしたが、それが永遠に続くとは限りません。また、山名先生からも『企業で働くことはいい経験になる』と後押ししていただいたこともあり、博士取得後に、〝宝の山〞である楽天への入社を決めました」
「楽天市場」の使い勝手を高めるアルゴリズムを開発
09年、平手氏は楽天に入社し、楽天技術研究所で企業研究者としてのキャリアをスタートさせる。
「楽天を選んだ理由は様々ありますが、やはり豊富な実データを扱える点が一番の魅力でした」
入社からしばらくの間、平手氏は主にECサイト「楽天市場」の検索機能のユーザビリティを向上させるためのアルゴリズム開発を担当した。例えば、「楽天市場」のキーワード型検索エンジンにおいて、修正キーワードの候補を提示したり、ユーザが入力したキーワードから関連する商品ジャンルを推定したり、さらには、シーズナリティを検知したうえでのキーワード検索量を予測するアルゴリズムなどだ。
「入社前からある程度は予想していましたが、楽天が持つ膨大なユーザ検索行動ログを収集して解析し、その結果を検索機能に反映していく作業はとてつもなく面白かった。マネジメントする立場になってからは、自ら解析や分析に携わる機会は減りましたが、部下たちの報告や発表を聞いているだけでもワクワクしている自分がいます」
人気サービス提供がユーザ獲得とデータ蓄積のカギ
今現在、最も熱いトピックといえばAIだ。現在および将来のビジネスではAIの活用がカギを握り、AIによるデータや画像、音声などの取得や認識、そして分析や学習、予測等をどのように活用していくかが企業や社会の成長に不可欠になることは間違いない。
その前提となる技術は、「機械学習」や「ディープラーニング」である。
「例えばディープラーニングには、データが多ければ多いほど精度が高まるという特徴があります。優れたディープラーニングのモデルをつくるためには、アルゴリズムを工夫することも大切ですが、大前提として、『どれだけたくさんのデータを集められるか』が勝負になる。データが少なければ、優れたアルゴリズムを提供してもいいモデルにはなりません。つまりデータを集めたところが勝つわけです」
では、データを大量に集めるためにはどうしたらいいか。答えは簡単だ。できるだけ多くのユーザにサービスを利用してもらうことである。
「たくさんのユーザに楽天のサービスを利用してもらうための近道は、いいサービスを提供すること。そうすれば自ずとユーザが集まってサービスの利用が活発化し、収集可能なデータが蓄積していきます。そのサイクルをうまく回していく必要があり、マネジメントの立場に立つようになってから、目標実現のために何をすべきか、何が必要かを常に意識するようになりました」楽天グループは、ITの分野で〝日本の雄〞といえる存在だが、世界にはその先をいく巨大企業が存在する。それらの企業に「追い付き、追い越す」ため、技術分野から援護射撃をするのが平手氏に与えられた使命だ。
「我々の強みは、70を超える多様な分野のサービスを展開していること。そして、それらのサービスを利用している12億人のユーザがいることです。そこから生み出される膨大なデータは〝宝の山〞以外のなにものでもなく、そのデータをきちんと収集分析し、時には有機的に事業に結び付けていくことによってサービスの向上や創造につなげ、楽天グループの企業価値の最大化と未来の成長に貢献していきたい。それが私の願いです」
現在、平手氏率いる楽天技術研究所Tоkyоでは、70名を超える研究者が様々なプロジェクトに携わっている。研究者の7割以上が外国籍の人材で占められているという。
「正直、人手は足りていない状態です。だから優秀な人、特に日本人研究者にはどんどん来てほしい。弊社では社内公用語に英語が採用されていることもあって、『英語がペラペラでなければ面接すらされない』というイメージを持っている人が多いのですが、決してそんなことはない。意思の疎通ができる程度の語学力がある研究者であれば、活躍は十分可能です。チャレンジ精神旺盛な研究者とともに、未来を切り拓いていきたいと思っています」
ひらて・ゆう
設立/1997年2月
従業員数/1万4845名(連結:2017年12月末現在)
所在地/東京都世田谷区玉川1-14-1楽天クリムゾンハウス
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