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【オピニオン】ポスドクは国家の貴重な財産 TIMコンサルティング 代表 古田健二 第21回

【オピニオン】ポスドクは国家の貴重な財産 TIMコンサルティング 代表 古田健二 第21回

テクノロジストオピニオン第21回
TIMコンサルティング
代表 古田健二

構成/南山武志 撮影/内海明啓

ポスドクは国家の貴重な財産

大手電機メーカーなどに勤務したのち、経営・技術コンサルティング会社を設立した私が、東京工業大学にフルタイムで勤務したのは、2008年から18年までの11年間だった。最初の5年間は、文部科学省の「イノベーション創出若手研究人材養成」という補助金プログラムに取り組んだ。ひとことで言えば、アメリカに倣って研究の原動力となるポスドクを数多く輩出させようというのが、当時の国の狙いだった。東京工業大学においてはプログラム終了後、それを引き継ぐかたちで大学にイノベーション人材養成機構という組織をつくり、博士、修士課程の学生のキャリア教育を行った。

そういう立場で大学教育とかかわるようになって、私は初めて「ポスドク問題」の深刻さを知った。人数を増やしたはいいが、彼らの“行き場”がなくなってしまったのだ。これも国の取った政策の結果、アカデミアでのポストは絞られ、運よく期限付きで職を得られても、それが切れた後の消息は不明、といった“悲惨な”状況が現出していた。

だから、博士課程修了後に企業への就職を希望する学生、ポスドクも大幅に増えた。ところが、そこでも彼らが思うような職に就けているとはいえない現実がある。強調したいのは、多くの場合、うまくいかないのは彼らの能力の問題ではなく、些細なミスマッチが原因になっていると考えられることだ。

例えば、溶接の残留応力などについて研究している学生がいた。優秀ではあったが、そのままでは、「うちは溶接技術は必要ない」で、ハネられてしまう。だが、彼が実際にどういう研究をしているのかといえば、材料強度、材料の内部構造などの高度なシミュレーションなのである。私は「要素技術への分解」と呼んでいるのだが、そういう説明をしてみると、「その研究は当社のこの分野で役立ちそうだ」と、見事マッチングに成功した。

お気づきのように、これは単なる「アピールのしかた」の問題である。私は学生たちに、自分のやっている研究が企業の研究開発にどのように応用できるのかという“縦軸”と同時に、要素技術にはこういうものがあるという“横軸”の両方を認識し、就活の武器にするよう、アドバイスしている。

博士の就職難には企業の責任もある。今の企業の経営幹部のイメージする博士像は、「日がな研究室に閉じ籠る、ちょっと扱いづらい人間たち」といったところであろう。彼らの意識や行動は昔とは大きく変わっているにもかかわらず、「採用は慎重に」というスタンスを維持している企業が少なくない。

ただ、そうした現実に、経済活動のグローバル化が風穴を開けつつある、と私は感じている。海外に工場や研究開発拠点をつくって現地で人材を採用すると、優秀なメンバーはほぼ例外なく“Dr.”“Ph.D.”の肩書を持っている。現地にミーティングに出かけると、本社の日本人の名刺にだけそれがないということの“異常さ”に、日本企業もようやく気づき始めているのだ。

能力もやる気もあるのに、多数のポスドクが“放置”されているのは国家的な損失でもある。ちょっと発想とやり方を変えれば状況を変えられるのに、その一歩手前で困惑する彼らを見るのは忍びない。個人的には、ポスドクなどに対して、就活に向けて必要なアドバイス、トレーニングを行う場を設け、本格的に稼働させたいと考えている。キャッチフレーズは「Re-direction」、“方向転換”である。

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Kenji Furuta
1973年、東京工業大学大学院修士課程修了後、日立製作所入社。80年、スタンフォード大学大学院にてDegree of Engineer取得。その後、アーサー・D・リトル、SRIコンサルティング代表取締役などを経て、2000年、フュージョンアンドイノベーションを設立、代表取締役。03年、東京工業大学21世紀COEプログラム客員教授、17年度から18年度までイノベーション人材養成機構特任教授。現在はTIMコンサルティング代表として活動。代表的著書に『第5世代のテクノロジーマネジメント』(中央経済社)。
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