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今回紹介する中川裕太氏は、小さな頃からの夢だった研究者を志し、東京大学工学部へ進学。優秀な学生が集まると聞いた機械情報工学科に在籍し、ロボット工学を学んでいた。しかし、そこで彼は越えられない〝ハードル〞の存在に気づいてしまう。結果、アカデミアの世界での成功はあきらめたものの、中川氏は現在、IT界の巨人Googleが出資(2019年12月)したことで話題を呼んだ注目のAI企業・ABEJAで、機械学習エンジニアとして充実した日々を送る。中川氏が自分の強みを発見し、この場所で活躍するまでの軌跡を追った。
部活では不完全燃焼。勉強でトップを、と東京大学へ進学
中川氏が研究者という職業に憧れを抱いたのは小学生の頃。卒業文集に「将来は研究者になりたい」と記している。しかし、明確な理由やきっかけがあったわけではなかったという。
「学校の教師をしていた父親の影響だと思います。小さな頃は、父と一緒に何かをつくる時間が大好きでした。買ってきた半導体を組み合わせて、様々な電子工作をして遊んでいたことを覚えています。当時は世の中のことがまったくわかっていませんでしたから、〝ものづくりをする人=研究者〞だと勝手に思い込んでいたんでしょうね」
「研究者になりたい」という思いは、長じてからも薄れることはなかった。ちなみに中学、高校ではソフトテニス部に所属し、部活に一所懸命取り組む日々を送っている。この頃、中川氏は理数系が得意だったこともあり、東京工業大学への進学を希望していた。
「やっぱり研究者になりたかったんですよね。だから部活だけでなく、学業にも力を入れていました。また、小学校の頃からプログラミングをかじるようになり、勉強の合間の息抜きにゲームをつくったりしていました。大きな声では言えませんけど、プログラミングを駆使して宿題を効率的にこなしたりもしていましたね」
もっとも、生活の中心はあくまでも部活動のソフトテニスだった。全力で取り組んだものの、残念ながらインターハイには進めず、中川氏は大きな喪失感を覚えた。
「部活で期待した成績が取れなかったこともあり、だったら勉強は死に物狂いで頑張って、トップを取ってやろうと。方向転換し、東京大学を目指すことにしたのです」結果は、晴れて現役合格。中川氏は東京大学工学部に進学する。
自分は能力不足‒‒。超優秀な仲間に囲まれ打ちのめされる
東大に進学した中川氏は、機械情報工学科でロボット工学を学んだ。
「何が何でもロボットをやりたいという強い目的意識があったわけではありません。情報系の中でも、機械情報工学科は優秀な人が多く集まっていることで知られ、レベルの高い場所で刺激を受けて、自分を磨いていきたいという思いが強かったのです」
最初に大きな挫折を経験したのは、学部3年後期の「自主プロジェクト」というカリキュラムにおいてだった。約1カ月という期間の中で、「テーマは何でもいいから、一から何かをつくってみること」という演習内容で、中川氏は友人たちが手がけた制作物を見てショックを受けた。
「とにかく発想が斬新で、とてもじゃないけど、自分にはこんなすごいアイデアは生み出せない……大きな差を感じました。研究者とは、ある種の選ばれし者で、ゼロからイチを生み出すことが求められる職業です。『何かの精度を1%高めた』ということではなく、『それまで誰もできなかったことを可能にした』という革新的な成果を実現することこそ、研究のあるべき姿なのでは?その観点で冷静に考えてみると、斬新なアイデアを思いつくことができない自分は、研究の世界では通用しないのかもしれない」
そんなことを考え始めながらも、それでも研究が好きだった中川氏は、東大大学院に進んだ。しかしそこで、決定的な挫折を経験する。
「学部時代から温めていたアイデアについて、そこからさらに半年以上も考え抜いて取り組んだ研究を披露する機会があったのです。時間にすれば5分程度の発表でしたが、僕のプレゼンを聞くや否や、他の研究生たちから『ここにウイークポイントがあるよ』とか『こうすればもっと向上できたんじゃないかな』などなど、次々に改善ポイントを指摘されました。しかも、どれもぐうの音も出ないほどの、まっとうな指摘でした。それも、たった5分のプレゼンを聞いただけで。この時です。『研究の世界で戦っていくのは、やはりしんどいな……』と心が折れたのは。アカデミアの研究者として、自分には成功する能力がないことを痛感したんです」
そして、中川氏は博士課程への進学を断念し、大学院修士課程修了後、NTTデータに就職することになる。
知人ベンチャーの手伝いが人生を変えた
NTTデータで、中川氏はインフラエンジニアとして充実した日々を送っていた。
「NTTデータは、仕事をするうえでの、僕のベースをしっかりとつくってくれた会社でした。安定して働き続けるのであればとても素晴らしい職場だと思う一方で、徐々に、より最先端の研究に携わりたいという気持ちがふくらんでいったのです。それと同時に、もっとチャレンジングな気持ちで仕事をしたいという思いが強くなっていきました」
そんな矢先、中川氏に転機が訪れる。エンジニアとベンチャー企業経営者を結びつけるマッチングイベントに参加した中川氏は、あるベンチャー企業経営者から「研究開発を手伝ってくれないか」という誘いを受けた。
「特定の分野の研究論文から必要箇所を推測し、その会社のプロダクトに実装してほしいという依頼でした。僕としては願ってもない話だったので、引き受けることにしたのです。このプロダクトの特性上、論文内容を精査しつつ、工夫を加えながら精度を上げる必要がありました。多くの論文に目を通しながら、試行錯誤を重ねつつ複数の要素を組み合わせてみると、思った以上にいいプロダクトが出来上がった。この経験が、僕の背中を押してくれたんですよ」
約4カ月間に及んだ研究開発面での支援を終え、中川氏はある種の手ごたえと小さな自信の芽生えを感じた。「大学院時代の優秀な仲間たちのように、研究者として勝負するのは難しいけれど、研究段階である程度かたちになり、芽が出始めた技術をビジネスに落とし込み、育てていく仕事であれば、トップを狙えるかもしれない‒‒。そう思えたのです。大学時代は『ゼロからイチを生み出す研究者になりたい』という思いが強すぎて、こういった種類の仕事の存在に気づかないふりをしていたのだと思います」
その当時、中川氏は勤務先であるNTTデータの業務をしっかりこなし、早朝と帰宅後、さらに週末や休日を使ってベンチャーの研究開発の支援を行っていた。
「もちろん、本業との両立は大変でした(笑)。けれども、この時のベンチャーでの経験は心躍るような仕事だった。そうやって小さな成功体験を得たことで、ベンチャー企業への転職という方向性が明確になったんです」
いい意味でヤバい人。ABEJA岡田社長の人柄に可能性を感じた
転職先を探すに当たって、中川氏は〝三本の柱〞を立てた。一つは、「研究シーズとプロダクトをつなぎ、1を80にする仕事ができること」。もう一つは「刺激し合える優秀な仲間がたくさんいること」。最後が「事業が面白く、そのゴールに共感できる仕事であること」というものである。
端的にいえば、新たに見つけた自分の強みを存分に発揮でき、かつ、楽しくワクワクできる会社であり職場であるということだ。
「この軸で探したところ、ABEJAに出合いました。最終的な決め手は岡田陽介社長の人柄です。面接でお会いした時、彼はただひたすら自分の世界観を語っていて、正直『変な人だな』と(笑)。けれども、人をワクワクさせるのがうまく、この人となら面白い冒険ができそうだと直感し、入社を決めたのです。言葉で説明するのは難しいのですが、とにかく『ヤバい人だ』と感じました。ABEJAへの入社を決めた、というよりも、岡田社長についていくことを決めた。これが正確な入社理由だと思います」
AI時代に生き残るエンジニアとは?
17年のABEJA入社以降、中川氏は同社が手がけるプロダクト開発のほぼすべてに携わってきた。なかでも大きな成果といえるのは、同社が小売り・流通業界向けに提供している店舗解析サービス「ABEJA Insight for Retail」におけるリピーター分析機能の開発である(詳細はコラム参照)。
「行動ログの分析が容易なECサイトと違い、リアル店舗における顧客の行動分析は簡単ではありません。その課題を解決し、実店舗における顧客を〝見える化〞するソリューションがABEJA Insight for Retailです。僕が手がけたリピーター分析機能は顔認証技術を応用したもので、開発に際しては、当該分野でデファクトとされている論文を読み込んで理解したうえで、国際学会にも参加し最新の情報を仕入れ、既存の技術と組み合わせてプロダクトに落とし込んでいきました」
聞けば、最先端の論文から技術を応用しているものの、「特段、〝ものすごい技術〞を使っているわけではなく、既知の技術をうまく組み合わせただけ」と、中川氏は涼しい顔で話す。
「技術で勝負したところで、人海戦術を繰り広げる中国には勝てそうもないし、顔認証に多くのリソースを投入している大手企業にもかないません。〝革新的な技術〞を追いかけて名誉を求めるのではなく、顧客企業が抱えている課題を解決することこそが最優先事項で、その先には店舗を利用するエンドユーザーがいます。最終的には、エンドユーザーにとってより便利で豊かな世界が実現できれば、手法は何だっていいと思っています」
データを集め、それをAIで処理する時代においては、中川氏がかつて目指していたような、ストイックに何もかもを〝ゼロからイチ〞でつくるのではなく、〝ここだけは〞という部分だけをつくり込み、勝負どころではない要素については、外部のモジュールを組み合わせたり、つなぎ合わせたりすることがより大切だ。
すべては顧客企業のため、エンドユーザーのため、そして社会のため。そういった意味で、中川氏のような〝工夫能力〞に長けたタイプのエンジニアは、今後の実社会で最も求められる存在なのかもしれない。
中川氏は現在も、研究成果のプロダクト適用に勤しむ毎日を送っている。今後について尋ねると、「あまり深く考えていません。常に、心から楽しいと思える場所で、心が躍るような仕事なり、研究なりに携わっていければいいですね」と、笑みを浮かべた。
株式会社ABEJA
設立/2012年9月10日
従業員数/81名(2019年8月末時点)
所在地/東京都港区白金1-17-3 NBFプラチナタワー
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