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【新進気鋭の研究者Vol.4】食品の香味と成分間の指標化に挑戦。サントリー_中原光一

サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社
研究部 上席研究員 中原光一

食品の香味と成分間の指標化に挑戦。
原料や製造工程を自在に設計できるレベルへの到達が、現時点の目標

大学で発酵学を学び、1988年、サントリーの基礎研究所に。当然酒類の研究に勤しむものと思っていた中原光一氏にいきなり課せられた命題が、「ウーロン茶の〝機能成分〞を見いだすこと」だった。ほどなく行き着いたのは、当時まったくノーマークだったポリフェノールである。特定保健用食品「サントリー黒烏龍茶」の誕生にも寄与した研究成果は、実は成分の〝指標化〞なくしては生まれなかった。それはその後のビールやコーヒーの香味向上技術のベースとなっただけでなく、目的の味や品質を実現するために、原料や製造工程を自在に〝設計〞できる時代の扉を開きつつある。

社会と接点を持つ研究がしたい、とサントリーへ

SFアニメ『科学忍者隊ガッチャマン』が初めて放映されたのは、年代初頭のこと。小学生だった中原氏もテレビにかじりついた一人だったが、憧れたのは主役たちではない。

「ガッチャマンたちを後ろでしっかり掌握する南部孝三郎博士が、なぜかカッコよかった。白衣を着ていかにも科学者然としていて。将来あんなふうになれたらいいな、と漠然と思ったんですよ。前線で戦う勇気のないことを、子供心に了解していたのかもしれませんけど(笑)」

アニメを通じて醸成された「科学者になりたい」という夢は、高校時代に訪れた世の中の〝バイオブーム〞によって、具体性を帯びてくる。

「遺伝子組み換え技術を知って、これはすごい時代がくる、そんな世界に挑戦するのも面白そうだ、と考えるようになりました。それで九州大学の農学部に進学したのです」

大学では黒麹菌の酵素の研究に没頭、さらに大学院に進学する。

「恩師は頑固親父みたいな人でしたが、顔を合わせると『あれ、どうなった?』と言うわけです。そのたびに『あの実験はここまで進んでいます』と答えていたのですが……そのうちに〝あれ〞に大した意味はないことに気づいたのです。先生の聞きたいのは『What’sNew?』だった。『発見はあったか?』と。そこで新たな実験などを提案してやってみると、これが面白いんですよ。自らテーマを設定して検証していく、という研究の本当の楽しさに開眼したのは、あの頃でしたね」

ただ、そのまま院に残るという選択肢もあるなか、中原氏は就職を決意。

「子供の頃からの夢に近づいたけれど、大学で〝南部博士〞になるのは難しい。それよりも、社会と明確な接点を持ちつつ〝提案と検証〞をやるのが性に合っていると思えたのです」

ちなみに、就職先に同社を選んだのは、〝頑固親父〞の推薦があったからだ。

さて、そうした〝前史〞を経て入社したのだが、研究開発の対象は、冒頭で述べたようにウーロン茶だった。ウーロン茶は、当時から同社の看板商品。新たな機能の解明は、重要な意味を持っていた。そこで中原氏が注目したのが、専門の酵素である。

「酵素は酒造りなどに欠かせません。しかし様々な身体活動にかかわる酵素の中には、〝悪さ〞をするのもいるんですよ。その働きを制御すれば、健康に資することもできる。そこで〝酵素阻害〞をキーワードに、成分を探索していったのです」

見つけたのは、今ではおなじみのポリフェノールである。

「ポリフェノールというのは、植物の皮や種などに含まれる色素成分や苦み・渋み成分の総称で、何千種類もあるんですね。でも調べていくと、ウーロン茶のそれには構造に特徴がありました。例えば緑茶のカテキンもポリフェノールなのですが、それらに比べて分子量が目立って大きかったのです」

入社2年後の90年には、早くもその〝発見〞が実用化される。酵素阻害により虫歯予防効果を発揮するオレンジジュース「オレンジキャラカーン」が発売されたのだ。

「『機能性食品』という用語も『特定保健用食品』という制度もない時代、それらに先駆けた画期的な製品でした。このウーロン茶由来のポリフェノールは、同じ効果を謳った大手食品メーカーのガムにも採用されたんですよ」

さらに注目されたのは、その脂肪分解酵素阻害作用だった。

「リパーゼという酵素の働きを阻めば、口から入った脂肪が分解、吸収されずに排出される。ウーロン茶のポリフェノールは、その阻害作用が目立って強かったのです」

約10年後、その機能を付与した「黒烏龍茶」が商品化、大ヒットする。

「指標の発見は開発戦略の発見に匹敵する」

ところで、こうした成果は「成分の〝指標化〞に成功して、初めてなしえたものだった」と中原氏は明かす。

「実はウーロン茶の中にもいろんなポリフェノールが含まれていますし、『これが特定の酵素阻害に高い活性を持つ、ウーロン茶ならではのポリフェノールです』という成分を特定するのは、簡単なことではなかったんですよ」

成功には偶然も作用したという。

「当時の分析装置は今のようにコンピュータの自動制御じゃないですから、〝液打ち〞すると10分間隔ぐらいで見にいく必要がありました。失敗して洗浄したり、条件を微妙に変えたり。そんな手作業だったのが幸いしたんです。ある時、装置から茶色の液体がボトボト出てくる瞬間に出合って。その発見を基に装置の測定条件をいろいろ変えた結果、目指す高分子ポリフェノールが〝測れる〞ようになったのです」

こうして〝見える化〞された成分は「OTPP(ウーロン茶重合ポリフェノール)」と命名された。

「正体がわかったので、その部分だけを採り出すことが可能になりました。それだけではありません。これを計測することで、自社のロット別の品質の差異が明確にでき、あるいは他社製品がどんな等級の茶葉を使ってどんな条件で商品づくりをしているのかさえ、予測できるようになったんですよ」

こうした経緯を経て中原氏は、「指標化は、開発戦略の発見に匹敵する重要な基盤技術である」という重要な気づきを得る。そして98年、「ものづくりの新たなプロセス」に関する研究開発に着手したのである。今度の研究対象は〝水〞だった。

「例えば水中でデンプンを糖に変えるには、酵素が必要です。ところが水圧をかけたまま高温にすると、それだけでデンプンの加水分解が起こることを知ったんですね。水だけで生命体が行うのと同様の反応が起こせるというのは、長年酵素を研究してきた人間にとって信じがたいこと。でもそこに、新たな可能性を感じたのです」

具体的に適用を目指したのは、原料加工である。「この手法を使えば、今まで抽出できなかった成分が採れるのではないか」と研究を進めた結果、2001年に高温高圧水蒸気(HHS)を用いたまったく新しい加工技術の確立に成功する。

「一例を挙げると、麦芽にはバニリンというバニラに似た香りの成分が微量ですが含まれています。HHS技術でそれを採り出してビールの加工に利用することで、ちょっと味わいを深くするといった香味設計ができるわけです」

すでに「マグナムドライ」「モルツ」「金麦」「ザ・プレミアム・モルツ」や、缶コーヒー「BOSSレインボーマウンテン」など、おなじみのブランドに採用されているこの技術の奥深さは、次の中原氏の言葉に集約されている。

「同じ麦芽を輸入しても、ほかには絶対に出せない風味や香りを持つビールがつくれるようになりました。自社による〝原料のオリジナル化〞を成し遂げたと言ってもいいでしょう」

このHHSに関しても、技術の検証のための指標化が、加工技術への応用の道を開いたのだった。

自ら基準を設定し〝面白がる〞。それが研究の醍醐味

今後の課題に挙げるのが、「指標化の重要性を再評価し、特に複雑系の研究を進めること」だ。

「これまでやってきたのは、何かの〝単体〞を意味づけることでした。でもコンピュータを駆使すれば、複数のものをそのまま関連させて解析することもできる。例えば『このウーロン茶にはOTPPがこの割合で含まれていて、ほかの成分はこれだけ。このバランスがベストでしょう』というような紐づけを可能にするレベルに、今挑戦しているんですよ」

とはいえ「複雑なものをそのまま指標化しようとしても、答えは出ません」と中原氏は言う。

「言い方を変えると、指標化しようとすれば2次元の単純なモデルが完成するわけです。それは複雑な状況、情報を理解する最強のツールになるはず。いったんそうやって全体像がわかると、複雑系の〝ふくよかさ〞みたいなものも、見えてくるかもしれません。日進月歩の解析技術が、そうしたチャレンジに可能性を広げていますから、これからが非常に楽しみですね」

当面のゴールは何なのか?

「食品は、レシピはあっても設計図のない世界なのです。『軽めでちょっと花の香りがするお茶』にしようと思ったら、そういう材料を持ってくればそれなりのものをつくることはできる。でも、技術を介してより高付加価値のものづくりをしようと思ったら、そこにはやはりエビデンスが必要なんですね。具体的なターゲットは、食品の香味や機能と成分の間の精緻な指標化です。この技術が確立すれば、最終のアウトプットから〝逆算〞して、原料や製造工程を自在に設計することが可能になるでしょう」

「個人的には」と前置きしつつ、「3年、5年もすれば、その技術を駆使した第1弾、第2弾の商品が送り出せるのではないかと思っているんですよ」と展望を語る。

HHS技術の開発が評価され、04年に化学工学会賞技術賞を受賞、同年、社内に設けられたR&D表彰制度のMVP第1号にも輝いた経歴を持つ中原氏は「研究にもいろんなスタンスがあると思うのですが、私は〝立ち上げる仕事〞が大好き」だと話す。

「たとえていえば幹細胞ですね。そこをベースにいろんな方向に花開いていく技術というのが、一番美しいと思うのです。新しい生産技術を生み出す指標化は、私にとっての幹細胞の一つ。〝やってみなはれ精神〞が漲るサントリーという会社でそうした研究開発に取り組めていることを、とても幸せに思います」

そんな中原氏は「自らの基準を持ってほしい」と若い世代にエールを送る。「研究開発の世界でも誰かがつくったスタンダードに合わせて成果を出そうと考える人が少なくないように感じます。仕方のない面が多分にあるのですが、やっぱり我々〝技術屋〞は、自ら新しい基準を提案し、その競争力で勝負していかないと。かつてある先輩に『研究は面白がってやれ』と言われたことがあるんですよ。〝面白い〞かどうかを決めるのは、あくまでも自分。自分の基準を持っていて、初めてその境地に到達できるのです」

自らの部下にも、学生時代に学んだ「What’sNew?」精神を吹き込む。

「研究所として継続的に成果を上げていくために、それぞれに違う武器、技を持つガッチャマンたちを育てたいですね。それも、今の私に課せられた大事な使命だと思っています」


なかはら・こういち
1962年、福岡県生まれ。88年、九州大学大学院農学研究科修士課程修了後、サントリー株式会社入社。基礎研究所、生物医学研究所、プロセス開発部、飲料開発設計部などを経て、2011年、価値フロンティアセンター上席研究員。2013年より現職。化学工学会賞技術賞受賞、サントリーR&D表彰制度MVP第1号。東京農業大学客員教授。博士(農学)。
サントリーグローバル
イノベーションセンター株式会社

設立/2013年4月
代表者/代表取締役社長 平島隆行
従業員数/106名(2016年3月末現在)
所在地/東京都港区台場2-3-3

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