センサーを使って高齢者を見守る
インターネットやPOSシステム、センサーなどから大量のデータ集積がなされ、その分析利用が可能となった昨今、「統計学」が大きな期待を集める学問分野の一つとなっている。
日本の統計学は、政府などの公官庁統計や経済統計を端緒とし、そこに数学や工学が融合することで発展してきた経緯がある。しかし近年では、その対象があらゆる分野に拡大。公的機関はもとより、企業の経営戦略から個人の意思決定まで、様々な分野で重宝されている。
「例えば、新薬の臨床試験は、統計に基づかなければ申請できません。薬の効果が統計的に証明できなければ、新薬として認可されないのです」
そう話す鎌倉稔成教授が率いる中央大学統計データ解析研究室では、動画解析や動作認識、位置推定、スポーツ解析など多岐にわたる分野で統計の技術と分析手法の構築、それらを用いた新技術の開発などの研究を推進している。
なかでも、沖電気工業と共同で実施した「ドップラーセンサー」という移動体検知センサーを使って呼吸や歩容、転倒などを検知する「高齢者の見守りに関する研究」は、国内外から高い評価を得た。
「これは、装置を一人暮らしの高齢者の住居に設置して、その行動を見守るためのシステムです。従来、同様のシステムに用いられていた赤外線センサーは、就寝中の検知に課題があったため、布団などの障害物に遮られずに検知・測定が可能なドップラーセンサーを活用しました。万一、高齢者の呼吸や行動が、 通常時の集積データと異なる数値を検出した場合に、自動通報する仕組みになっています」
歩き方の変化から人の行動を推定する
高齢化が進む日本では、認知症患者の増加が大きな問題になりつつある。歩行速度の遅れや歩幅の変化などの歩行障害が認知機能の低下を表している可能性があるという報告に着目した鎌倉教授は、現在、「歩行解析」の研究にも注力している。
「歩行と認知症の関係性は以前から示唆されていましたが、実際に研究している人はほとんどいません。当研究室は、これまでスポーツ選手の映像解析や、駅伝走者のランニングデータの解析を数多く手がけてきた経験から、それを応用するかたちで歩行の解析に取り組んでいます」公共空間で撮影した映像や画像による解析にはプライバシーの問題があるため、研究室などでモーションキャプチャや加速度センサー、さらには「LIDAR」と呼ばれるレーザーセンサーを駆使して歩行や動作データの収集、解析を進めている。
「歩行がどんな効果をもたらす のか、なぜ歩行速度が変化したのか、友人同士で歩く、あるいは自然豊かな空間を歩くことが健康にどう影響するのか。集めたデータを解析することで人の行動の特性や状態を推定したり認識したりすることができれば、認知症の診断に役立つかもしれませんし、人の異常行動を事前に検知することも可能になるでしょう。それが実現できれば、例えば、歩行者の急な飛び出しをあらかじめ推定、察知して警告したりブレーキを作動したりする自動車安全技術への応用も期待できます」
こうした研究を推進することにより、鎌倉教授は「より安心で安全な社会の構築に貢献したい」と力を込める。また、鎌倉研究室では、企業などとの共同研究に取り組む一方で、独力による「データの収集と分析」も重視。解析に使用するデータ自体もなるべく自分たちで収集する方針を掲げており、前述した「歩行解析」もその取り組みの一例だ。こうした主体的な研究活動の賜物か、研究室に集う人材はおしなべて優秀なうえ、企業内のデータサイエンティストが不足しているという社会的背景も手伝って、各方面から引く手あまたの状況だという。
「修了生や卒業生の進路は、製薬、バイオ、IT、セキュリティ企業など多岐にわたり、統計解析やセンサー開発などの分野で活躍しています。つい先日にも、優秀な学生が早々と某大手データ解析企業に引き抜かれてしまいました。大学院への進学を強く勧めていただけに、少しだけ複雑な気分でしたね」と、鎌倉教授は顔を綻ばせた。
鎌倉 稔成
教授 博士(工学)
かまくら・としなり/1976年、 東京工業大学経営工学科卒業。80年、同大学大学院博士後期課程中退。89年、工学博士(東京工業大学)。80年、統計数理研究所研究員。85年、中央大学理工学部専任講師、89年、助教授、95年、教授。2014年、中央大学理工学研究所長。応用統計学会会長、日本統計学会理事長を歴任。
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