感じ、考えた内容を脳から読み取る技術
念じれば伝わる。あるいは、念じれば動く。そんな未来が予想外の速さで近づいている。
脳情報通信融合研究センターの西本伸志氏は、自然条件下で視覚や聴覚から入力された脳を調べ、情報がどう処理・表現されているか調べている。手法としてはfMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いる。人が動画や画像を見た時の脳活動をfMRIで3次元的に記録し、知覚体験と脳活動の間にどのような関係があるかを定量的に予測するモデルをつくるのだ。
モデル化はエンコーディングとデコーディングの双方向から行う。体験がどのように脳で符号化(エンコーディング)されているか調べることで脳情報を理解する。またはその逆、脳活動から体験内容を逆符号化(デコーディング)することで脳情報を理解する。西本氏によれば「前者は人工知能を開発するための数理基盤に、後者はブレインマシンインターフェイスなど想起を介した情報伝達を行う技術の数理基盤になる」という。
この研究の独自性は、動画などダイナミックな環境下における脳活動のモデル化に初めて成功したことにある。従来、写真や画像など静的な視覚入力を扱う研究は行われていたが「人の日常を支える脳活動を調べるにはこれが進むべき道だろうと考えていました」と西本氏。
「精度はまだまだ」といいながらも研究成果は驚くべきものだ。例えば「脳活動を解読することで体験内容を一定精度で映像化した」。これは脳が思い浮かべたものをそのまま映像化できる可能性を示すもの。実際、空想した画像を脳活動から推定したり、その情報からグーグル検索することも可能に!今では〝可愛い〞〝怖い〞といった主観的な体験を推定するところまで研究対象は拡張している。この技術が一般化した暁にはどのような未来が待っているのだろう。
「直接的には、やはりブレインマシンインターフェイスです。頭の中で何かを思い浮かべるだけでその情報が伝わるようになれば四肢麻痺の患者さんでもコミュニケーションできます。健常者にも恩恵があるはず。私たちが情報を伝えるチャネルは非常に限られていて、コンピュータ同士が通信する速度に比べると何ケタも遅い。しかし脳内では常に大量の情報が処理されているわけで、これをそのまま伝えられるなら、情報伝達のスピードははるかに増します」
CMの印象評定にも。脳は嘘をつかない
足元でも、実社会への応用に向けた取り組みが着々と進行している。一つはCMの印象評定だ。NTTデータにライセンス供与し、2016年からビジネス化に着手しているもので、CMで伝えるべきメッセージが視聴者に伝わっているかどうか脳から推定する。アンケートによる印象評定では得られる回答が必ずしも正確でないことがマーケティングの課題として知られている。ならば脳に直接尋ねたほうが話は早いというわけだ。当然ながら、医療分野への応用も期待されている。「今、統合失調症患者と健常者の脳内の情報表現がどう違うのかを調べています。例えば動物、人間、建物と様々なものを見た時、それが脳のなかでどう結びつき、どう表現されるのか。統合失調症の方は普通とは違う結びつき方をしているのではないかと考えられています。その違いを検知することで診断に役立つかもしれません」
現在、西本氏は情報通信研究機構(NICT)に籍を置きながら、大阪大学の教員を兼任しているという立場だ。
「基本的には基礎研究者でいるつもりですが、NICTは社会に役立つことを推奨する組織でもあります。私としては両者を融合させていきたいですね。企業の方とご一緒していて思うのは、規模も質も基礎研究とはまったく違うものが要求されるということ。かつ必要なデータは提供してもらえる。基礎研究も社会貢献も、お互いにプラスになるところがある。このままこの研究を〝深化〞させながら続けていきたいと思っています」
西本 伸志
主任研究員 博士(理学)
にしもと・しんじ/2000年、大阪大学基礎工学部システム科学科生物工学コースを飛び級中退。05年、同大学大学院基礎工学研究科生物工学分野修了後、カリフォルニア大学バークレー校 ヘレン・ウィルス神経科学研究所へ(博士研究員~アソシエート・スペシャリスト)。帰国後の13年より現職。大阪大学大学院医学系研究科ならびに生命機能研究科の招へい教授も兼任。
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