名人を破ったAIをBtoBに応用
2017年、頭脳ゲームの最高峰といわれる囲碁や将棋の世界で、トッププロが相次いでAIに敗れた。一人は中国の囲碁棋士・柯潔九段、もう一人は将棋の佐藤天彦名人である。佐藤名人に勝利したのは、山本一成氏が開発した将棋ソフト「Ponanza」。そのPonanzaなどの技術を活用したAIサービスを提供しているのが、09年に設立されたHEROZだ。
「当初はモバイル向けコンテンツなどの開発を手がけていましたが、私が将棋愛好者で、周囲に将棋好きのエンジニアが多かったことから将棋のAI技術に興味を持ち、12年に将棋アプリ『将棋ウォーズ』をリリースしました」(代表取締役・林隆弘氏)「将棋ウォーズ」は瞬く間に人気に火が点き、将棋ファンから支持を集めた。その将棋ウォーズを支えているのは、独自のノウハウで構成されたAI技術だ。蓄積したデータベースと機械学習に基づいて〝最善手〞を判断する仕組みを導入し、名人を破る快挙を成し遂げた。
HEROZはこの将棋AIの技術をBtoBに応用。ほかのゲームAI、与信判断や市場予測などの金融分野に加え、自動車業界や建設業界などにAIサービスを提供する企業として急成長を続けている。
次のテーマは麻雀。AIで革命を起こす
将棋は、対局者の手順や持ち駒がすべて明らかにされる〝完全情報ゲーム〞で、将棋用のAIは、過去の棋譜など大量のデータを解析し、次の局面の最善手を確率的に導くアルゴリズムで構成されている。データが大量にあればあるほど、時間をかければかけるほど、処理速度が向上すればするほど優れた手を指すことができるため、コンピュータが強みを発揮しやすい。
「完全情報ゲームの分野では、AIがすでに人間を凌駕しました。次に来るのは〝不完全情報ゲーム〞。その分野で培ったAI技術のほうが、むしろ実社会の応用範囲が広いのではないかと思っています」と林氏は説明する。不完全情報ゲームとは、プレーヤーごとに把握できる情報が異なるゲームで、ポーカーや麻雀がそれに該当する。
そこで同社では、〝麻雀〞に着目した研究に着手。そのリードエンジニアを務めるのが、栗田萌氏だ。栗田氏は17年に、電気通信大学と共同で麻雀AIの基礎理論を発表した。
「そもそも、私たちが暮らしている現実社会は、要素がすべてオープンにされていないことのほうが多く、情報が完全に公開されている状況はほとんどありません。不完全な情報から最適解を導き出すには多岐にわたる推論が必要で、AIで統一的に実現するには解決すべき多くの課題が残っています。その限界を、不完全情報ゲームである麻雀用のAI技術なら打破できるかもしれません」(栗田氏)
もっとも、研究は始まったばかりで、「AIの役割はeラーニング、つまりは人間のサポートや指導にあると思っています。まずは明らかな悪手を指さない程度の強さを発揮する麻雀AIを目指します」と栗田氏。その後のサービス化やBtoBへの応用可能性は未知数だという。「当社は〝世界を驚かすサービスを創出する〞集団を目指しています。将棋ウォーズから『棋神』という次の一手となるサービスが生まれたように、いずれはビジネスから人間関係に至るまで、社会の不確実な局面で〝最善手〞を示してくれるAIを提供して革命を起こしたい。麻雀AIがその突破口を開く可能性は十分に考えられ、当社としても栗田の研究を全力で支援していきたいと思っています」と林氏は力をこめる。
現在、社員は35名。栗田氏によれば、「とにかく自由闊達な社風」だという。「風通しの良い、とても自由な雰囲気の職場です。麻雀AIの研究も、ソースコードを大学と共有しながら実施させてもらっているなど、研究者が働く場として最高の環境だと思います」(栗田氏)。そんな同社が求めているのは、〝熱意〞を持った人材だ。
「当社の山本一成は、インターン時代から『世界一の将棋AIソフトをつくる』という目標を掲げて実現し、それがAIサービスへの応用につながりました。私が常日頃から感じているのは、仕事のやり方を教えることはできても、愛情や熱意は教えられないということ。『これをやりたい!』という明確な目標を持った人材は大歓迎です」(林氏)
栗田 萌
くりた・もゆる/2015年、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修了。同年、日本電気株式会社に入社。異常検知システム開発などの業務に従事する。2017年4月、HEROZ株式会社に入社。ポケモンコマスターの開発や麻雀AIの研究など、新たなAIエンジンの研究開発に取り組んでいる。
設立/2009年4月
従業員数/35名(2017年12月末現在)
所在地/東京都港区芝5-31-17 PMO田町2階
コメント