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【大学研究室Vol.34】最先端AI技術で、知の拡張に挑む。人間の高次認知活動の謎を追究し、多様な分野の熟達支援に貢献する

注目の大学研究室

准教授 博士(工学) 伊藤毅志

カーリングの戦略分析を支援

AI技術の急速な進歩により、囲碁や将棋などの「マインドスポーツ」の分野では、AIが人間の実力を凌駕するに至った。囲碁や将棋は、プレイヤーの手順や持ち駒などがすべて明らかになる「完全情報ゲーム」で、ゲームをプレイするAIは、過去の棋譜など大量のデータを解析し、次の局面の最善手を確率的に導くアルゴリズムで構成されている。データが多いほど優れた手を打てるため、コンピュータが強みを発揮しやすい。

一方、最近では不確定性の高い分野でAIを活用する動きも広がっており、例えば、AIをスポーツの戦略分析に生かす試みが散見される。その一例が、近年人気の「カーリング」だ。

「カーリングは〝氷上のチェス〞に喩えられるほど戦略性が高いスポーツですが、口伝による戦略継承がほとんどで、以前まで戦略の科学的研究がほとんど進んでいませんでした。戦略を議論する場すら存在しなかったのですが、当研究室では、カーリングの戦略をコンピュータ上で解析する『デジタルカーリング(コラム参照)』というシミュレータを開発し、その場を提供しています」

そう話す伊藤毅志准教授は、ゲームAI研究のトップランナー。伊藤氏が開発した「デジタルカーリング」は、人間またはAIがプレイヤーとなってコンピュータ上で対戦を行うためのプラットフォームだ。ここでAI同士が対戦を繰り返して無数の局面を学習、各AIはあるストーンの配置において次のショットを投じた際の勝率を深層学習で数値化。無数のショットを数値化したなかで、最も勝率の高いものを最適な選択肢と判断する。人間では思いつきにくいショットを提案するAIも現れるなど、より強いAIを開発できれば現実世界におけるカーリングの戦略考案への貢献が期待できるという。

「理系だけど、僕は“答え”がなかなか出ないテーマに取り組むことが好き」と話す伊藤准教授。指導学生には、「よく自身の研究について考えて、自分なりの工夫を見出すことが大事」とアドバイスしているという

「カーリングは、極めて不確定性の高いスポーツ。変化する氷の状況に対し、トップ選手でも常に狙いどおりのショットを放つことはできませんし、投じられたストーンがなぜ曲がるのかも解明されていません。運に左右されるケースも多く、意図したようにゲームが進行しないことが特徴です。人間にとってもAIにとっても難度の高いゲームといえるでしょう」 そのカーリング競技の戦略を科学的に支援する目的で研究者らによって「カーリングを科学する」プロジェクトが2015年に立ち上がっており、伊藤氏も参画。競技の普及やアスリートを支援する組織も発足し、22年の北京冬季五輪での金メダル獲得を目指してサポートを実施しているという。

「世界的に見ても、カーリングAIによる戦略支援は日本が先行しています。代表チームが金メダルを獲得し、普及に貢献できれば嬉しいですね。カーリングに限らず、今後はあらゆる分野で人間が思いつかないような戦略をAIが提案し、AIを使って学習したプレイヤーなり人間がオリンピックや実社会で活躍することが当たり前の世界が到来すると思っています」

注目の研究

不確定要素を含むゲームの一例としてカーリングに注目した伊藤研究室は、その不確定性を一定のものと仮定したカーリングシートをコンピュータ上でシミュレートし、戦略のみを議論する場として「デジタルカーリング」を考案。コンピュータ上でカーリングの対戦を可能とした。氷の状況やプレイヤーの個性を表現する試みも始められており、ストーンの軌跡に一定の正規乱数を加えることで不確定性を表現。年に数回、優秀な戦略アルゴリズムを競うデジタルカーリング大会も開催している

強いAIから賢いAIの時代へ

「トップ棋士に勝つコンピュータ将棋プロジェクト」「人狼プレイ中の生理データ計測」「不確定ゲームのAI研究」「身体運動の学習支援」「好勝負を演出するゲームAI」など、伊藤氏が手がけた研究は幅広いが、一貫して追究してきたのは、認知科学の手法を使ってゲームAIの研究に取り組み、人間が行う高度な問題解決プロセスを解明し、認知メカニズムを明らかにすることだ。

「囲碁AIなどの成果を見てもわかるように、強いAIを開発する研究は区切りを迎えたといえます。現在は、強いAIを進化させた〝賢いAI〞を活用して、人間の能力をどのように拡張していくかというテーマを追究しています。例えば、AIと人間の認知過程を可視化して比較し、AIが重要視する部位を抽出して人間に理解させるために役立てる研究などですね。それにより、AIを使って人間の能力を拡張する、すなわち知識の素早い獲得や熟達化などの支援ができると考えています」

そう力を込める伊藤氏の原動力は、純粋な好奇心と探求心だ。「以前は〝研究の社会貢献〞について真面目に考えたり意識したりすることもありましたが、現在では、『今は役に立たないように見えても、追究したいテーマについて最善を尽くして良い結果を出せば、いつか誰かが活用してくれるだろう』と、気負わず取り組むようにしています。実際に、かつて『将棋ソフトの合議アルゴリズム』の研究成果を発表したところ、遺伝子研究者が発病予測器を合議させるという想定もしていなかった分野で応用する動きがあり、驚いたことを覚えていますから」

伊藤 毅志
准教授 博士(工学)

いとう・たけし/1988年、北海道大学文学部行動科学科卒業。94年、名古屋大学大学院工学研究科情報工学専攻博士課程修了後、電気通信大学情報理工学研究科助手。助教を経て、現在は准教授。同大学人工知能先端研究センター兼務、同大学エンターテイメントと認知科学研究ステーション代表。コンピュータ囲碁フォーラム副会長。デジタルハリウッド大学客員教授。

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