分断した開発現場をAI、データでつなぐ
社会基盤システムから金融システム、インターネット、自動車や家電、スマホまで、今やソフトウエアはあらゆるインフラや製品に組み込まれている。特に社会基盤システムや金融システムのようなクリティカルなシステムに不具合が発生すれば、人々の生活に重大な影響を及ぼすことが容易に想像され、その意味でも、現代社会はソフトウエアによって支えられているといっても過言ではない。
「現代社会の仕組みの多くがソフトウエアに支えられていることは確かですが、そのソフトウエアが社会的なニーズに十分に応えられているかというと、必ずしもそうとは限りません」
そう話すのは、日本のソフトウエア工学研究の第一人者である鷲﨑弘宜教授だ。ソフトウエア工学とは、信頼性が高い高品質なソフトウエアを効率的に開発するための方法について研究する学問である。ひとくちに「ソフトウエア開発の研究」と言っても、その対象は、システム開発の目標や戦略、設計などのフェイズから、テストや欠陥特定、妥当性確認、品質の測定評価や改善、開発プロセスやマネジメントの考案、プログラミング教育の実証、人材育成まで多岐にわたる。
鷲﨑教授は、「アカデミアの分野は重厚な個別技術の追求に集中しがちです。俊敏で適応的なアジャイル開発という考え方が主流となるにつれ、開発の現場とアカデミアの分断が顕著となりました」と語る。
「開発の要所ごとに様々なアプローチで取り組まれてきたことで、全体をとおした理論的基礎が構築されてきませんでした。
その弊害として、役に立つことの追求と、正しいことの追求が個別となり、〝正しい〞が役に立たないシステムが後を絶ちません。当研究室では、企業との共同研究で実課題を把握し、私が取りまとめているソフトウエア工学知識体系『SWEBOK』や、目標・戦略・データを整合化させる枠組みの上で技術間や背景理論とのつながりを積み重ね、最上流の〝新規ビジネスの企画〞から〝製品・サービスを支えるソフトの開発・保守〞までの接続を目指しています。その一環として、実務家の方々とともに取り組むオープンな体系化プロジェクト『SE4BS』を立ち上げました」
ソフトウエアはビジネスの成功や社会を改善するために存在する、という認識のもと、鷲﨑研究室では、ビジネスや社会システムまで対象を広げた研究に取り組んでいるが、その推進力になっているのが〝データ〞の存在だという。
「昨今、ソフト利用者と開発者の活動ビッグデータをそれぞれ取得し、AIで解析・予測することが容易になっており、それらの結果を活用して、分断した現場と学問の統合を実現したいと考えています」
12社と共同研究。人材育成の支援も
「ビジネスと社会のためのソフトウエアエンジニアリング」を目指す鷲﨑研究室は、企業との共同研究を積極的に推進。現在、12社と共同研究を実施中だ。
「例えば、実ユーザーのソフトウエアの利用履歴をもとに機械学習を用いてユーザー像を導出し要求獲得に役立てる『データ駆動型ペルソナ』の研究や、品質検査期間中のソフトウエア品質状況を把握する方法の研究などを手がけています。さらに双方向の応用により、将来的な品質をも考慮した要求獲得や、ユーザー像に対応した品質改善といった接続を目指しています」
これらの方法が確立されれば、効率的にユーザーの実ニーズが把握しやすくなり、より効果的な開発計画の立案を支援することができるようになるという。また、産学連携による社会人材育成も手がけており、そのためのプロジェクト『スマートエスイー』(コラム参照)を2018年に立ち上げたばかりだ。
「日本企業は要素技術開発に優れていますが、分野や利害関係を超えて全体を俯瞰して組み合わせ、最適なビジネスへつなげることを苦手にしています。分野や領域の垣根を越えた組み合わせや、技術とビジネスの接続の実践を通じて、より効率的な超スマート社会をリードできるイノベーティブな人材を育成したいと考えています」
鷲﨑弘宜
教授 博士(情報科学)
わしざき・ひろのり/2003年、早稲田大学大学院理工学研究科情報科学専攻博士後期課程修了。早稲田大学情報理工学科教授、同大グローバルソフトウェアエンジニアリング研究所所長、国立情報学研究所客員教授。ほか、株式会社システム情報取締役(監査等委員)、株式会社エクスモーション社外取締役、ガイオ・テクノロジー株式会社技術アドバイザなども務めている。
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