科学の基礎研究の失速を止めよう!
2019年のノーベル化学賞を吉野彰氏が受賞した。このところ、同賞自然科学分野での日本人の受賞が続いているのだが、我が国の科学研究は盤石だと考えていいのかといえば、実はそう胸を張ってもいられない現実がある。
私は、NTTドコモの社長時代、同期の社長たちと交流の会合を持っていた。退任後も「社長の会」は続いているのだが、そのメンバーを主体とする「日本の科学研究の失速を食い止める会」を立ち上げたのは、18年のことだ。
きっかけは、前年の3月、イギリスの科学誌『ネイチャー』に掲載された日本特集の記事だった。「日本の科学研究は、10年で失速した」と指摘する記事には、日本の研究者の論文数や被引用論文数が横ばいで、他の先進国や中国、韓国が伸びた結果、相対的な比率は低下している、といったショッキングな事実がデータとともに紹介されていたのである。
何かできることはないかと考え、まずやったのが、国立大学の学長たちとの意見交換だった。そこで聞こえてきたのは、国による運営費交付金の削減に対する怨嗟の声である。交付金は、04年の国立大の独立法人化以降、毎年1%ずつ削減されてきた。塵も積もればではないが、10年間で10%、1400億円が削られたことになる。その結果、大学では基礎研究に回すお金が足りない状況を招いた。主として人件費を切らざるを得なくなったために、研究が進まなくなった、というのが現場の言い分だ。
一方、法人化により、国立大学は経営の自由度が増し、産学連携を行いやすくなった。産業界などからの寄付も受けやすくなったはずである。しかし、調べてみると、こちらも“お寒い”状況にあることがわかった。共同研究費は、04年に162億円だったものが、17年に480億円で、およそ320億円の増にとどまっている。寄付にしても、04年の657億円が17年の816億円だから、160億円程度しか伸びていない。交付金の削減額には、遠く及ばないのが一目瞭然だ。
このようなことになった原因は、簡略化して言えば、問答無用で交付金を削減した国、“お金集め”の努力が足りない大学、そして“お金を出さない”産業界それぞれにある、とみるのが妥当だろう。裏を返せば、今の深刻な状況を打開するためには、この3者が問題意識を共有して、各々の立場でやるべきことを実行するしかない。
もちろん財政が厳しいのはわかるのだが、科学の基礎研究が失速すれば、やがては国力の衰えを招く。研究現場の置かれた状況を直視して、国は大学予算のあり方を見直すべきではないだろうか。
国立大学の問題は、実は一様ではなく、学長のやる気や資質などによって、差が広がっている感は否めない。一般論だが、法人化したのだから、学長も産学連携部の教授も、もっと“経営感覚”を磨く必要があると感じる。企業との共同研究が遅々として増えない一義的な責任は、言うまでもなく大学にある。他方、産業界に対しては、自分がそこの出身だけに、寄付を含めて、もう少しできることがあるのではないかと、もどかしさも覚えるのだ。
『ネイチャー』の指摘した問題が、すべて述べたような大学の資金不足に起因するとは言い切れないとしても、それが由々しき事態であることは明らかだ。取り返しのつかないことになる前に、現状を打開するためのアクションを起こさなければいけない。
1962年、東京大学工学部電気工学科卒業後、日本電信電話公社入社。
78年、米国マサチューセッツ工科大学経営学部修士コース修了。81年、東京大学にて工学博士号取得。
NTTアメリカ社長、日本電信電話副社長などを経て、98年、NTTドコモ社長に就任。
その後、文部科学省宇宙開発委員会委員、宇宙航空研究開発機構(JAXA)理事長を歴任。
17年4月、旭日重光章を受章。
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