トップ国際会議を軒並み制覇
AIやIT分野の先端研究において、日本は米国どころか、中国・韓国・台湾の後塵を拝しているといわれる。その根拠として挙げられるのは、学術論文の投稿数と採択数の少なさだ。特にAI分野では、米・中が圧倒的な競争優位を築いている。
国際学会での日本のプレゼンスが低下するなか、世界のトップカンファレンスで気を吐く日本の研究室がある。コンピュータビジョン(CV)やCG、音響信号処理研究を手がける早稲田大学の森島研究室だ。
「2018年以降、CG・CV分野の最高峰のカンファレンスSIGGRAPHやCVPR、HCI分野のCHIなどで、当研究室の現役学生やOBのフルペーパーが立て続けに採択されています」と森島教授。なぜ森島研究室は大きな成果を挙げているのか。森島教授は、「海外で活躍できる人材の教育に力を注いできたから」と胸を張る。
「過去に自分が苦しい思いをした経験から、国際的な視野を持った卒業生をたくさん輩出したいと考え、指導に当たってきました。そして、学生に海外で活躍する機会を与えるなど、実現に向けて長年努力を重ねてきました。内外の研究者との協力関係やバックアップ体制構築を継続してきたことが、結果として花開き始めたのだと思います」
実際、森島研究室では、所属する学生を頻繁に海外留学に送り出す。もちろん〝思い出留学〞などではなく、〝助っ人〞として受け入れられる質の高い人材を育て、留学させてきた。
「現地でプロジェクトのコアメンバーを任されたり、論文の筆頭著者を担ったりする学生が少しずつ増えていくにしたがい、〝必ずトップカンファレンスで論文を通す〞という高い意識を持つ学生が増えてきました」
なかには、能力と実績が評価され、米国の大手IT企業本社から数千万円の年俸でスカウトされた卒業生もおり、「そうした学生がロールモデルとなって周囲に影響を与えるなど、好循環が生まれています」と、森島教授は目を細める。
1枚の写真から3DCGを生成
iPhoneに搭載された顔認証機能など、近年では〝顔〞がセキュリティ技術に利用されるようになっている。森島研究室は、〝情報〞としての顔を、3DCGによって再現する技術の研究を重ねてきた。
「古い話ですが、05年に開催された『愛・地球博』では、3Dスキャナーで取り込んだ来場者の顔をCG化して映画の登場人物の顔に置き換える『フューチャーキャストシステム』を発表し、人気を集めました。同システムは後に、長崎県のハウステンボスに移設展示され、3年ほど前までロングラン上映されていました」
その技術を進歩させ、人物の顔写真から、その人物の将来の顔や過去の顔を推定してコンピュータ上で描画する技術も開発。〝しわを増やす〞という単純な仕組みによる推定ではなく、膨大なデータベースから似ている特徴の人を探し出して合成し、より現実に近い経年変化を再現する「パッチベース画像合成」という方法を用いているという。また、前述の「フューチャーキャストシステム」では、以前は大がかりな計測装置を使用して顔を取り込んでいたが、現在は、スマホで撮影した1枚の顔写真から本人の3次元の顔が簡単に復元できるようになった。
「最新の成果としては、服を着た人物の全身写真をもとに、高い精度で3DCG化する技術があります(コラム参照)。AR(拡張現実)やVR(仮想現実)の映像に必要な3DCGコンテンツ制作には、現実の3D物体をデジタル化する必要があり、一般的には数十台のカメラを使った緻密なスキャン装置などを使って行っていました。当研究室では、着衣人物の写真を1枚撮影するだけで3DCG化できる手法を開発しました」
一連の3DCG化技術の応用により、AR、VRなど没入型映像体験に使うCGモデルを簡単に作成できるため、ゲームなどにユーザー自身を登場させるなど、体験の幅を広げることができる。また、3DCGモデルの制作工程を大幅に削減できるため、クリエイターの制作活動支援にもつながるという。
エンターテインメントからセキュリティまで、「今後も、画像や音の研究を通じて、人々に感動や幸福を届ける技術を追求していきたい」と、森島教授は力を込めた。
森島繁生
教授 博士(工学)
もりしま・しげお/1987年、東京大学大学院電子工学博士課程修了後、成蹊大学工学部電気工学科専任講師に。同助教授、教授を経て、2004年、早稲田大学先進理工学部応用物理学科教授、現在に至る。その間、トロント大学コンピュータサイエンス学部客員教授、ATR客員研究員なども務めた。電気通信普及財団テレコムシステム技術賞など受賞多数。
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